仕事から生まれた好きなこと
「趣味は何ですか?」って聞かれることがあるけれど、上手く答えられない。
TVディレクターという仕事柄、かなり多くの人たちに同じようなインタビューをしてきたが、自分のこととなるとてんで駄目だ。かつては、映画や芝居を観ることが趣味だと思っていたけれど、この仕事に就いてからはカメラのアングルや編集などが気になって見方が少し変わってしまった。仕事が面白くなってきて「仕事が趣味です」と意気込んだのは20代の頃。人生後半になって、それも寂しいよなぁと思うようになってきた。
でも、仕事から好きなことが生まれることもある。「ひとり駅弁部」も然り、仕事で旅をする道中にたくさんの駅弁に出会ってから、「美味しい駅弁を食べたい!」と思うようになったのがきっかけだ。
福島県只見町のブナ林
今は人間ドキュメンタリーを中心に仕事をしているが、以前は自然番組をやっていた。そこで出会ったのが、NHKの今は亡き大野プロデューサー。お酒が大好きな人だった。大野さんとは20年前、日本の山を紹介する特番で知り合い、今も続く長寿番組『さわやか自然百景』という番組をやらせて貰うようになった。
大野さんはお酒を飲んでいる時はとても饒舌で、フリーランスの私でも気軽に相談できるような楽しい人だったが、翌日会社を訪ねると打って変わって無口で、「昨夜の大野さんはどこに行ったの?」とちょっと面食らってしまうことが度々あった。
その自然番組で「福島県只見町」を担当した。只見川が流れる只見町は、雪深いところで春の訪れが遅い。手つかずのブナ林が広がっていて、早春のブナ林は、根元が丸くぽっかりと雪解けする「根開き」という現象が起こってとても美しかった。春の訪れを告げるカタクリが一面に咲く群生地もあって、黄色い福寿草が一緒に咲いていた。人気のない林の中でそのような場所に出会うと、自分だけの「秘密の花園」を見つけたような気がしてとても幸せな気持ちになった。
実は番組より以前に、只見の四季を紹介する展示映像を作ったことがある。その頃は駆け出しのディレクターで力が入っていたと思うが、1年間も只見に通ううちに、私は毎日長靴を履いて町中を歩き回れるほど、町に馴染んでいった。そういえば、民家の近くで「トンビがアオサギを襲っている!」と思って撮影していたら、それはなんと貴重なイヌワシで、ニュースになったこともあったなぁ(笑)。
レンズを通して見る野鳥
それから数年後、私は大野プロデューサーに只見町の自然の素晴らしさを力説した。すると私の強い想いを汲み取ってくれた大野さんが、番組の提案を通してくれた。
そして再び只見町を訪れ、意気揚々と撮影していた時、突然ロケ地にリュックを背負った大野さんが現れたことがあった。テレビ局のプロデューサーが現地に来るなんて滅多にないことだが、スタッフと離れてひとり、大野さんが望遠鏡で野鳥を探していた姿が印象に残っている。
大野さんは東京で通勤する時も毎朝、鳥の種類を数えるのが日課だったという。「東京にもいろんな種類の鳥はいるんだよ」と飲みながら教えてくれた大野さんの顔を今でも思い出す。
それから私も、都会に棲む鳥に目が行くようになった。そして撮影の回数を重ねるたびに、野鳥を見つけるのが早くなっていった。肉眼で見るには限界があるが、望遠レンズを通して見る鳥たちの行動はとても興味深くて、いつしか野鳥が好きになっていた。これも仕事から生まれた趣味と言えるかも知れない。
もうひとつ、只見町に惹かれる理由がある。それは福島・会津若松駅から新潟・小出駅まで走る只見線だ。只見川の上を走る単線は、新緑や紅葉など四季折々の景色を楽しめて自然の景観が素晴らしかった。2011年に起こった豪雨の影響で11年間に渡り不通になっていたが、2022年にようやく全線が再開。全長135.2キロ、約4時間45分。始発から終点まで乗ったことはないが、久しぶりに只見町を訪ねてみたくなった。もちろん美味しい駅弁を買って。
今月の駅弁:「倉敷小町」
都内に住んでいるので、仕事での電車の旅というと関西止まりのことが多い。中国・四国・九州地方へ出掛ける時は、やはり飛行機になってしまう。だからそちら方面の駅弁はあまり食べたことがなかったが、今は全国の駅弁が東京駅に集まっているから目にするようになった。そこで手に取ったのが、岡山の「倉敷小町(春)」。
白壁の街並みをイメージしたパッケージで、二段重ねの幕の内の駅弁だ。
上段には、「鰆の白醤油焼き」に「酢蓮根」、岡山県産の「鶏焼き」や「ママカリ酢漬け」などが入っている。そして、お弁当には絶対入っていてほしい「厚焼き玉子」も。スイーツは岡山ならでは桃太郎さんの「きびだんご」。下段は「たこめし」の上に「焼きたけのこ煮」がのっている。
「春」と書いてあったから、「夏には違った駅弁が出るんだろうなぁ」と思っていたら、6月1日~8月31日までの限定で『倉敷小町(夏)』が販売されているらしい。残念ながら私はまだ出会っていないが、季節によって違う味わいを楽しめるのも駅弁の魅力。ぜひ「春」と「夏」の駅弁を比較してみたい。