ひとり駅弁部 第23話 『大林監督と尾道の桜』

桜の季節になると思い出す人

 今まで何十回と仕事で桜を撮影してきたが、毎年、桜を見るとふと思い出す人がいる。今は亡き映画作家の大林亘彦(のぶひこ)さんだ。

 大林さんは広島県尾道出身。尾道三部作と呼ばれる映画『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』を監督して一世を風靡した。私は当時、助監督という仕事をしていたのだが、ホラー映画好きの仕事仲間から大林監督のデビュー作『HOUSE』を薦められ、観た時の衝撃を今でも憶えている。映画監督を志す若者たちにとって、大林さんは憧れの存在だった。

 そんな大林さんと仕事でご一緒したのは9年前、桜が咲き始めた4月のことだった。NHKで「桜」を題材にしたアーカイブス番組『桜 それぞれの物語』を紹介するためにゲストでご出演頂いたのだ。

 その作品は、盲目の女性が毎年庭に咲くしだれ桜を楽しみにしているというドキュメンタリーだった。目は見えないけれど、桜の香りやミツバチの羽音で春の訪れを感じるという美しい物語。「この作品を大林さんに観てもらって“桜”について話して欲しい」と、ダメもとでDVDを送って出演を依頼したのだが、意外にもすんなりと大林さんからOKが出たので飛び上がって喜んだ。

ひとり駅弁部23話 桜の咲く頃 尾道で

大林監督と尾道の桜

 それから私は少しドキドキしながら、1人で大林さんの事務所まで打ち合わせに出掛けた。マンションの一室に通され、事務所の方が同席して打ち合わせをするのかと思って待っていたら、しばらくして大林さんが1人で入って来られた。予想外のことに戸惑ったが、大林監督の貴重な時間を無駄にしてはいけないと思い、「この作品をどうして紹介したいのか」を力説した。大林監督は私の話をニコニコして聞きながら、奥様と2人でご覧になったことを話してくれた。

 大林さんは「桜」について様々な思いをお持ちだった。私が桜を見て思い出すのは、大林さんが話してくれた戦時中の話だ。

 「尾道も桜が何しろ有名なところでね、山に登ると青い海、青い空の前に桜が咲いて、そして桜が散ると同時にお兄ちゃんや若いおじちゃんたちが汽車に乗って戦争に行って、白い遺骨の箱に入って帰ってくる。その間に桜はまた咲き、また散り……。早く大人になって日本の国のために良い国民になりましょうと誓った子どもであるだけにね、その同じ桜が今日も咲いて、今日この平和をひとしお有り難く尊いものだと感じることができますね」

 大林さんは続けてこうも言っていた。

 「映像は『記録装置』だと思っているけれども、記憶で見ているんですよ。だから今日の“記録の桜”を見ても、10年前、30年前、70年前の“記憶の桜”を思い出すという力があって……」

ひとり駅弁部23話 桜の咲く頃 尾道で 写真2

今年の桜は散っても

 桜が咲くこの時期は、見慣れた景色が華やかに彩られ、日本中が春を迎えて浮き立っている様子が楽しい気分にさせてくれる。けれど、それだけにあっという間に散っていく桜に私はもの悲しさを感じていた。でも大林さんは優しく教えてくれた。

 「今年の桜は散ってしまったけれども、次の桜は散ってしまった桜の思い出と一緒に咲いてくれる。人の命には限りがあって必ず散るけれど、自然の命は永遠に繰り返して育っていくんだということを教えてもらえる」

 大林さんの番組収録当日は花散らしの雨だった。それから4カ月後、肺がんの余命宣告を受けていることをニュースで知った。

 もう一度、大林さんにご出演頂きたかったけれど、それは叶わなかった。

 「私の家の前にも1本、桜の若木が今年植えられました。赤ん坊が手足を伸ばしているように元気に健やかでね。それを見ていると私のような老木の桜は本当に愛おしい。私がいなくなっても、この子たちがまた未来をつくってくれると、そういう人間の繰り返し、繰り返して育っていく。より穏やかな平和な日々をつくる人間の賢さを桜から学びますよね」

 奇しくも今年は戦後80年。大林さんの言葉を噛みしめる。大林さんの人生に私は一瞬しかすれ違っていないけれど、この時の言葉はずっと私の心に残っている。いつか、花見弁当を持って尾道を旅したい。

今月の駅弁:広島・むすび むさし『安芸むすび』

 桜が咲く前の3月末、広島市に行く機会があった。広島市出身の仕事仲間に「ぜひ食べてほしい」と紹介されたのが、広島のソウルフード、むさしの「俵むすび」。塩と秘伝のたれと海苔で握られたおむすびは、「練り梅、昆布、かつお、お新香、しば漬け」の5種類の具材がある。掛け紙の裏側は店の場所が記載された地図になっていて、私は新幹線店で購入したが、広島市内を中心に十数店舗ある有名店だ。

広島・俵むすびの包み紙

 私が購入したのは、人気の鶏の唐揚げも入っている『安芸むすび』のお弁当(1,100円)。3つ入っている俵むすびの具は全部違っていて美味しい。他には白身魚フライ、玉子焼き、ごぼう、こんにゃく、酢蓮根、枝豆などが入っていて、ビールのつまみにもなる。

 笹を模した掛け紙の表には、「みんな大好き 野球はカープ おむすびはむさし」と書いてある。横浜球場では「シウマイ弁当」と決めているが、広島球場では、むさしのお弁当を食べながら野球観戦するのも楽しそうだ。

広島・俵むすび 弁当の写真

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