ついに事件発生!
我が家への2度の「日帰り訪問」を終え、太郎くんが我が家に始めて「お泊まり」にくる日がやってきました(これまでのお話はこちら)。
初めてのお泊りは、土曜日から日曜日にかけての1泊2日。すでに日帰り訪問で家には少し慣れてくれたのか、初日の昼間は特に何事もなく平穏に過ごしていました。
しかし、夕食時に事件が……。私たち夫婦にとっては初めての出来事が起きたのです。
前回、前々回と同じように3人で食卓を囲んでいるとき、太郎くんがやけに静かになりって、食べることを止めて下を向いているのです。それに気づいて私は声を掛けました。
私「太郎くん、大丈夫?」
太郎「……。」
話し掛けても黙っている太郎くんの様子を伺う、私と夫。すると、太郎くんの目から頬を伝わって、一粒の涙がこぼれました。私はすぐさま椅子から降りて、ひざを床に付け、太郎くんに寄り添いました。
私「太郎くん、どうしたの?」
太郎「……。」
下を向いたままの太郎くんの目から、涙が溢れ落ちていきます。次第に声をあげで泣き出した太郎くん。でも、私と夫は、なぜ太郎くんが泣いているのか全く見当がつかなかったのです。太郎くんの泣き声はどんどん大きくなり、
太郎「帰る! 帰る! 帰る! 帰る! 帰る! 帰る! 帰る! 帰る!」
と、「帰る」を連発しながら、ギャン泣きに……。
そこで初めて、私たちは「太郎くんが、我が家でのお泊りが嫌で児童養護施設に帰りたいんだ」ということが分かったのです。
太郎くんの不安がマックスに……
泣きたくなる気持ちも、わかります。数カ月前のある日、突然、見知らぬおじさんとおばさんが「太郎くん、一緒に遊びましょう!」と言って、現れたのですから。
それからというもの、この2人と一緒に過ごす時間が急に増えたかと思えば、おじさんは外国人。おばさんと話す時には、自分が聞いたことがない言葉で話していることもある……。
そんな状況の中、辺りもすっかり暗くなり始めて、自分が住んでいる児童養護施設とは様子が異なる他人の家で一晩を過ごすことに、5歳の太郎くんが不安を感じているのはわかりました。
でも私と夫は、不安を感じている太郎くんを前にして、この状況にどう対応するのが正解なのか見当がつきませんでした。 「ああ、どうしよう……。どうしてあげればいいのだろう…」と、気持ちを焦らせる私と夫。
このように不安を感じるような状況に陥った時、何をすれば子どもが安心できるのか、2人で知恵を絞りました。そして、「ありのままの自分を知っていて、寄り添ってくれる人が必要なのでは?」と考えて、「児童養護施設に連絡をして状況を説明し、太郎くんは今夜、我が家に泊まらずに、施設へ帰るべきなのか聞いてみよう」ということになりました。
「あなたは、お母さんになるんですよ!」
夫が太郎くんのそばに付いている間に、私は別の部屋から児童養護施設へ電話をかけました。太郎くんの養育を担当している職員はお休みだったので、施設で一番長く働いている職員の中村さん(仮名)が電話で対応してくださいました。
私「実は、もう15分ほど、太郎くんが大声で泣きながら、帰る、帰ると言っていまして、泣き止む様子がないんです。これからでも、そちらへ連れて帰るべきでしょうか……?」
すると、数秒の沈黙があり、少し大きな声で中村さんが私にこう言いました。
中村「ももさん! あのですね、あなたはこれからお母さんになるんですよ! お分かりになっていますか? 親は、子育ては、子どものすべてに向き合うんです! 今夜、太郎くんをこちらに戻すことは選択肢の中にはありません。ご夫婦でこの問題を解決してください! 分かりましたか?」
そう言われて、私は途方に暮れました……。なんとか中村さんにお礼を伝えて電話切ったあと、「お母さんになる」という言葉が、猛スピードで頭の中を駆け巡りました。
「そんなこと言われても……夫には何と言えばいいんだろう。中村さんに言われたことを正直に伝えるしかないかな……。泣きたいのは私の方だよ……。」
慣れないことばかりで大人も疲労困憊
夫と太郎くんがいる部屋に戻り、再び泣いている太郎くんという現実を目のあたりにしながら、夫に職員から言われたことを伝えました。不思議なことに、夫にそのことを話しながら、ちょっとしたアイデアが浮かんだのです。
私「ねえ、太郎くんには児童養護施設に帰ると伝えて、ドライブに行こうよ! そうすれば、太郎くんは車の中で寝ちゃうと思うから。」
夫「それは、いいアイデアだ! よし、そうしよう!」
食卓の上を片付けもせず、太郎くんには「さあ、施設に帰ろう」と伝え、まだ泣き止まない太郎くんに靴をはかせ、手を引いて車に乗せ、行くあてもないドライブへ出発しました。
夫が運転し、私が助手席に乗り、太郎くんが後部座席。「15分くらい走れば落ち着くだろう」と思っていましたが、とんでもない(苦笑)。車が走っている間は、今にでも寝てしまいそうな感じなのに、赤信号で車が停止するとギャン泣きするのです。私は運転する夫を励まし、太郎くんをなだめながら様子をうかがいました。
30分以上経った頃、太郎くんはようやく熟睡しました。でも、「また起きるかもしれないから、もう少し走ってから家へ帰ろう」という夫としばらくドライブしてから、家に戻りました。
夫が駐車場から太郎くんを抱っこして家に到着すると、私はすぐに太郎くんの布団を敷きました。夫が太郎くんを布団へ寝かせ、静かに部屋のドアを閉めて2人でダイニングルームへ移動。そっと椅子へ座った瞬間、2人とも「はぁ~」と大きなため息をつきました。
疲れすぎて数分ほど動けずに、2人とも椅子に座ったまま。今さら食事を続ける気にもなれず、お互いに無言で食卓の片付けを始めました。その後もあまり話さずに、この日は私と夫も早々と布団に入りました。
はじめてのお泊まりは、まだ初日。明日もあるんだ。頑張れ、私たち(笑)!