茶色いおかずが並んだお弁当
「お母さんが一番頑張っていた時って、いつかわかるか?」
母が亡くなってからしばらく経って、父にこう聞かれたことがある。
「それは、お前のお弁当を作っていた時だよ」と、父は言った。
そうだよね、毎朝5時に起きて作っていたもんね。当時の娘はそんなのは当たり前だと思っていたけれど、今はそのありがたみを重々噛み締めている、いい歳の大人になった。
生前、認知症になった母に「お母さんのお弁当、美味しかったよ」と何度か言ったことがあるが、その都度、母は「お母さんのお弁当って、いつも茶色だねって言われたよ」と言って、なぜか嬉しそうに大笑いするのがお決まりのやりとりだった。認知症の母が思い出すくらい、母にとっては強烈な記憶だったのかも知れない。
母が作るお弁当のおかずは、ベビーホタテを煮込んだり、ブリの刺身を照り焼きにしたり、豚肉ロールを甘辛く煮たり、鶏のささ身に片栗粉を薄っすらつけて揚げたり……。
母はいろいろ工夫していたと思う。すべて茶色いおかずだったけれど美味しかったし、大好きだった。
でも、友達と一緒に食べるから、フタを開けた時にちょっと恥ずかしかったんだよね……。
学生の頃、母にそう言ったことは憶えている。たぶん友達のお弁当と比べて、「もっとカワイイお弁当にしてよ」という意味で言ったのだと思う。それを言われた母がどんな反応をしたかは思い出せないが、それ以後、母は私のお弁当にプチトマトやブロッコリーを入れたり、玉子にタラコを混ぜてピンク色の炒り玉子を作ったり(私たちはそれを「タラコホロホロ」と呼んでいた)、彩りを工夫するようになった。
実は料理好きではなかった母
こうして書くと、恵まれた家庭で育った少女時代の話に聞こえるかも知れないが、その頃の我が家の事情はそうではなかった。父の事業が上手くいっていなかったので、母は相当苦労していたと思う。子どもながらに薄々気付いてはいたが、私はなるべく見ないふりをしていた。
そんな大変な時でも、母は私のお弁当のために毎日工夫してくれていたんだと思うと、胸が痛む。父もそのことを知っていたから、私にこんな質問をしてきたのかも知れない。
そんな母が、晩年「料理は好きじゃなかった」と言ったことがあり、それを聞いた私は衝撃を受けた。
父は料理好きだけれど、味付けは母には敵わないと子どもの頃からずっと思っていたからだ。その母が料理が嫌いだったとは……(苦笑)。確かに母は、「買い物をして料理するより、外食した方が安い」とか何かと理由をつけて、しょっちゅう外食していた。大人になって知る真実もある。
隣席のヤンキー君のお弁当
中学生の時、隣の席の男子はお昼になるといつもさっさと教室を出て行った。
その男子は学年一のヤンキーだったから、「他のクラスのヤンキー仲間と一緒にどこかで食べているんだろうな」くらいに思って、さほど気にしていなかった。
それから30年ほど経ってから東京でその男子(だった彼)と会う機会があり、中卒ながら立派な社長になっていて驚いた。
話が進むうちに彼が身の上を語り出した。親が離婚して再婚した継母から持たされるお弁当は、白いごはんに梅干しがひとつだったと言うのだ。「梅干しひとつだけだぜ? ありえないだろ?」と、目を見開いて話す彼に、私は「そうだったんだ……」としか言えなかった。
でも、その後に彼は、「あの頃は、〇〇の母ちゃんがいつも俺の分まで弁当を作ってくれたんだ。うまかったなぁ」と、ポツリと言ったのだ。
えっ? あのツッパリNo.2だった〇〇が、お母さんに頼んで2人分のお弁当を作ってもらっていたってこと? なんだか良い話じゃないか〜(涙)。
その話を聞いた時、親がお弁当を作ってくれることは当たり前じゃないんだなって改めて思った。
私の学生時代にスマホがあったなら、母のお弁当を写真に撮って残すこともできただろう。当時は毎日のお弁当の有難みが、今ほどわかっていなかったかも知れないなぁ……。
今月の駅弁紹介:新潟の「タレカツ丼」
この仕事を始めてからいろんな土地に行くようになって、「カツ丼」にも地方色があることを知った。新潟のカツ丼といえば、「タレカツ丼」。子どもの頃から出前を取る時は、醤油ベースの甘辛いタレにくぐらせたコレだった。母はこれが大好きだった。私は卵とじのカツ丼も好きだが、タレカツを食べると子ども時代を思い出す。
もうひとつ、私が好きなのは「ソースカツ丼」。福井県にあるヨーロッパ軒が発祥と言われているが、会津や群馬にもそれぞれのソースカツ丼がある。私が忘れられないのは、福島県只見町の小さな中華屋で食べたソースカツ丼。ごはんの上に薄い玉子焼きが敷いてあって、その上にはキャベツの千切り。そして一番上にはソースにくぐらせたカツ。他の土地でも食べたけれど、ソースカツ丼といえば、ロケの合間に通ったあの町中華屋を思い出す。
私の旅の思い出は、その土地の食の思い出と結びついているようだ(笑)。