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車内販売のビールと乾燥ホタテ
2023年10月31日、東海道新幹線の車内販売が終了した。最近ではほとんど 利用していなかったので、私がそれについてどうこういう資格はないけれど、なくなってわかる寂しさもある。
車内販売の遠い記憶にあるのは、父の姿だ。ビールのつまみに乾燥したホタテが袋に一列に入ったものを買って食べているのがとても美味しそうに見えて、まだお酒を飲めない年齢だった私は硬いホタテを1つ貰って、その味を噛みしめているのが好きだった。ほかにも、冷凍みかんや駅弁と一緒に買う茶葉が入った温かいお茶などに郷愁を感じてしまう。今ではそれを目にすることもなくなったけれど。
ウォークマンで聴いたサザンの曲
地方出身者ならわかると思うが、故郷を離れて東京へ向かう電車は、期待や楽しさの感情だけではなく、不安や寂しさがつきまとう。
今でも思い出すのは、大学受験で初めてひとりで上京した時の新幹線の中、出発前に友達が貸してくれたウォークマンで聴いたサザンの曲だ。
その友達とは中学生の頃にバドミントン部でダブルスのペアを組み、高校も同じ女子高に進んだ。彼女は東京の大学に通う兄たちの影響を受けて音楽にも詳しく、初めてのサザンのライブも彼女と一緒に行った。大切だったはずのウォークマンを私に貸してくれた彼女は、陰ながら応援してくれていたんだと思う。
新幹線のトンネルの中、真っ暗な窓ガラスに不安そうな自分の顔が映って、ガタゴトという電車の音と重なって聞こえてきた「マチルダBABY」を私は忘れることができない。18歳の私は、あの曲が弱気になっていた私を後押ししてくれているように感じた。今でも新幹線に乗ると時々あの頃の記憶がよみがえって、得体の知れない何かに向かっていくようなイントロが聞こえてくる気がすることがある。
車内販売で出会った特製弁当
仕事を始めてからは、車内販売があって助かった思いを何度も経験した。
ある時は、乗り継ぎの電車が大幅に遅延してギリギリ新幹線に飛び乗り、空腹で喉もカラカラ……。「このまま3時間も乗り続けるのか」とぐったりしていたら、車内販売で思いがけない駅弁と出会った。それは、JR東海パッセンジャー会社発足15周年という「特製幕の内弁当」。それがどれくらい喜ばしいことかわからないけれど、お弁当の真ん中の「15周年」と刻印された玉子焼きは何か特別感を与えてくれた。大好きな駅弁をじっくりと選ぶ時間もなく、残念に思っていた時に、車内販売で偶然出会った駅弁は、なんだか嬉しくて美味しかった。
スプーンが刺さらないほど冷えたアイス
もうひとつ、車内販売で思い出すエピソードがある。
料理家の女性と新幹線で一緒に移動していた時、その方が「車内販売で必ず買うものがある」と教えてくれた。それは、スジャータのバニラアイスとホットコーヒーで、「この2つの組み合わせが絶妙なの」と美味しそうに食べていた様子を憶えている。
車内販売のスジャータアイスと言えば、スプーンが刺さらないほどカチカチに冷えた硬いアイスとして知られているが、その組み合わせを知ってからは、私も車内販売のワゴンの中にこのアイスを探すようになった。
夏の終わり、ヘロヘロに疲れたロケの帰路。駅弁を食べる元気もなく、甘いものが食べたくなって車内販売のお姉さんにスジャータアイスを注文した。その時に勧められたのは、スジャータの「キャラメルマロングラッセ」。そうか、もうすぐ栗の季節か。私は限定品に弱いので、バニラとコーヒーの極上の組み合わせを封印して、マロン味のアイスを選んだ。食べもので秋の訪れを感じるのもいいもんだ。車内販売には、そんな予想を超えた出会いがあった。
今月の駅弁紹介:お伊勢参り記念弁当「参りましょう」
JR東海パッセンジャー15周年の駅弁のように、期間限定の記念として作られた駅弁が販売されることがある。今回紹介するのは、伊勢神宮の20年に1度の式年遷宮を迎えることを記念した駅弁「参りましょう」。江戸時代の旅人がお伊勢参りの道中で食べたお弁当をイメージしたらしい。伊勢ひじきのおむすびや三重県のあおさを使った「鶏肉のあおさ揚げ」、伊勢茶を練り込んだ「さつま揚げ」など、三重県の郷土色たっぷりな駅弁だった。そんな特別な駅弁に出会ったら、買わないわけにはいかない。