第15話「思い出はノスタルジー」

上野駅のパンダ像からの遠い記憶

 東京駅には全国の新幹線が乗り入れていて、一年中旅行客や通勤客で溢れ返っている。電車の発車時刻が迫っている時なんかは、人にぶつからないようにすり抜けるのは至難の業で、駅弁ひとつ買うにも苦労する。

 地元の新潟に帰る時に利用している上越新幹線は、その昔、上野駅が終点だった。学生時代、帰省を終えて東京に戻る時に、上野駅構内にあった大きなパンダ像の前で、当時の彼と待ち合わせをした遠い記憶を思い出した。今はもう上野駅を利用することはほとんどなくなってしまったが……。  

 遠い記憶といえば、仕事を通して出会った人たちに言われたことや感じたことを何かの拍子にふと思い出すことがある。これまでドキュメンタリー番組をいくつも制作してきたが、過去に取材をさせていただいた方は、何年経っても「どうしているかなぁ」と気になって、ニュースやSNSでその方の名前を見かけると目が留まる。その中のひとりが、コンテンポラリーダンサーで東京パラリンピックの開会式で演出と振付けを務めた、森山開次さんだ。

森山開次さんの『情熱大陸』

 森山開次さんとの出会いは2006年頃。毎日放送の『情熱大陸』という番組の撮影がきっかけだった。空前のダンスブームの今、いろんなジャンルのダンスをテレビで目にするのが当たり前になったが、その当時は難解だと思われていたコンテンポラリーダンスを番組でわかりやすく解説することは、なかなかのチャレンジだった。確か、企画が通るまで半年くらいかかったと思う。

 森山さんのしなやかな肉体を初めて撮影させて貰ったのは、当時森山さんが練習していた下北沢の稽古場だった。その時のカメラマンだった西村陽一郎さんは、残念ながら今年亡くなられたのだが、鏡張りの稽古場で西村さんが撮った森山さんの美しい映像は、今でも目に焼きついている。

 そして、撮影後の食事の席で、酔いが進んだ西村さんから言われた言葉が今でもずっと頭にこびりついている。

 「お前は森山さんを愛したのか?」突然そう聞かれた私は、「もちろん、取材させていただいている人にはみんな愛情がありますよ」と憮然として答えたと思うが、西村さんが言っていた「愛」は、どうやら私が思っていたものとは違っていたようだった。さらに「男として愛しているのか?」と聞いてきたので、「はぁ? 何言ってんの?」と心の中で悪態をつきながら、酔っていた巨匠に絡まれていると思って適当にいなしてしまった。時間が経ってから思い返すと、撮影に迷いがあった私を見て、西村さんが「森山さんをどのように描くのか?」ということを伝えてくれたのではないかと感じている。もう本人に確かめることはできないのだけれど……。

私が森山さんに惹かれる理由

 『情熱大陸』の放送から5年後、私はNHKの『旅のチカラ』という番組で再び森山さんを撮影した。子どもの頃から笑うことが苦手だったという森山さんが、ニューヨークのピエロ学校でピエロの「笑い」を学ぶ旅番組だ。

 私が森山さんに惹かれる理由は、ダンスが素晴らしいということだけではない。子どもの頃、授業で手を挙げるのも恥ずかしくて出来なかった彼が、21歳になって人前で踊るダンスを始めたこと。体を柔らかくするためにベッドに足をくくりつけて寝るほどのストイックさ。絵を描くことが好きで、舞台美術までも自分で作ってしまうほどの拘り。ダンサーらしからぬ、森山さんの人間性、ストーリーにとても惹かれるのだ。

 ニューヨークの地下鉄でピエロに扮した森山さんが、たまたま居合わせた乗客たちを笑顔にしている姿を見ていたら、なんだか幸せな気持ちになった。

 番組のラストで、森山さんがひとり、タイムズスクエアで踊るシーンは、多様な人種が行き交う場所で、なんだかそこだけ時が止まって見えるような気がした。そして放送後、森山さんは『サーカス』という作品をつくった。すべてを吸収して自分のものにしていくのが、森山さんのすごいところだ。

NHK旅のチカラ 森山開次
NHKの『旅のチカラ』に出演した時の森山開次さん



 そして今年2月、NHK『日曜美術館』で、久しぶりに森山さんを撮影した番組が放送された。88歳のメイクアップアーティスト・小林照子さんが、化粧品だけで描く「からだ化粧」を森山さんの体に施していく。番組のラストシーンは、小林さんの思いを受け取った森山さんが青空の下で踊る。肩甲骨に描かれた2匹の鷹が筋肉と共にしなやかに動いて、今にも飛び立ってしまうかのようだった。森山さんとご一緒する度に、私は「奇跡の瞬間」に立ち会わせて貰っている。

 先日、森山さんの公演『新版・NINJA』を観に行った。体が資本のダンサーにとって歳を重ねるということは、大変なことが増えていくことを想像するが、森山さんは経験を糧にして年齢と共にパワーアップしているように感じる。

 次はどんな「奇跡」を見せてくれるのか。またいつか、森山さんと一緒に仕事ができること願っている。

小林照子 からだ化粧 森山開次
88歳のメイクアップアーティスト・小林照子さんが描いた「からだ化粧」を纏った森山開次さん



今月の駅弁:季節折詰「なつ」

 ある日の夕方、東京駅の駅弁屋「祭」で、当連載第14話で紹介した「倉敷小町」の夏バージョンを見つけた。「どうしようかなぁ」と他の駅弁と迷っているうちに、残り2つだったその駅弁をサラリーマン風の男性に買われてしまった。「えーっ、ひとりで2つも買うの? 仕事仲間の分も買ったのかしらん?」と周囲を見渡してみても、その男性おひとりのご様子。「さては妻へのお土産だなぁ」と、勝手な想像をして納得することにした(苦笑)。

 私が迷っていたもうひとつの駅弁は、夏本番ぴったりのその名も「なつ」。二段に分かれた折詰のおかずには、夏でもさっぱりと食べられる「鶏唐揚げ南蛮黒酢和え」や、水分たっぷりで喉ごしがいい「茄子揚げ浸し」が入っている。夏バテ防止に「うなぎ蒲焼」が入っているのも嬉しい。スイーツは「白玉ずんだ餅」。いろんなおかずがバランス良く入っていて、思いがけず私好みの駅弁との出会いだった。

季節折り詰め 弁当 なつ
季節折詰「なつ」。二段に分かれた折詰のおかずがバランス良く、夏バテ防止にうなぎ蒲焼も!

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