第16話「あの時のあの弁当」

日傘をさした母が広げる「お弁当」

 夏休みの新幹線は、子ども連れのご家族や帰省する学生たちで溢れている。そんな風景を眺めながら、私にもそんな夏休みがあったよなぁと思いをめぐらす。

 新潟市の我が家から山形方面に車で1時間ほど走ったところに「笹川流れ」という海岸の美しい名勝地がある。夏休みになると家族でお弁当を持ってよく出掛けた。青緑色した海は岩場の底まで透き通っていて、砂浜が続く新潟市の海岸とはまったく違う海だった。岩場で足を切らないように注意して泳がなければならないので、ここに来ることはとても特別な感じがした。海から上がると、日傘をさした母がお弁当を広げて待っている。家族で食べる少ししょっぱいおにぎりと甘い卵焼きが何より好きだった。

 砂浜には、波に削られて丸くなった「シーグラス」がたくさん落ちていて、それを宝物のように拾い集めて持ち帰った。今でも海岸を歩いてシーグラスを見つけると、子どもの頃の記憶がよみがえってくる。

思い出の端々にある「お弁当」

 私の父はサラリーマンではなかったので、学校の参観日にもよく来たし、運動会のお弁当も張り切って作ってくれた。

 たくさん持たせてあげようとする親心なのだろうが、普通の小学生が持ってくるお弁当箱よりも大きくて、かわいくない丸い形のお弁当箱(というより、タッパ)が私は嫌だった。今考えるととても贅沢な話だが、女の子としては「そんなにたくさん食べるの?」と思われるのも嫌だったし、もっとカワイイお弁当箱にして欲しかったのだ。  

 なぜだろう? 私の思い出の端々には「お弁当」を食べている風景が浮かんでくる。中学生の頃、バドミントンの大会で負けたあとに食べたお弁当。高校受験の日に友人たちと食べたお弁当。その風景には親が作ってくれた「お弁当」がちょくちょく顔を出すのだ。

初めて誰かのために作った「お弁当」

 私も誰かのためにお弁当を作ったことはある。初めて作ったのは、短大生の時。ほとんど初めましての男の子たちとドライブに行くことになって、女友達と一緒にお弁当を作ろうという話になった。「何つくる?」と話し合った結果、朝早いから「サンドイッチ」に決まった。

 父がサンドイッチを作るのが得意で、甘くて薄い玉子焼きを挟んだものと、マヨネーズたっぷりのハムやキュウリとトマトのサンドイッチが実家の定番だった。親元を離れたばかりで大して料理も作れなかった18歳の私は、それなら作れるだろうと思ったのだ。

 朝早く起きて友達と頑張ってたくさん作った、と思う。「みんな喜んでくれるかなぁ」という期待をこめて。そして、いざお昼になってフタを開けた時、サンドイッチは「しなー、くたー」としていて、出来立ての姿をまったく留めていなかった。

 その時、ひとりの男の子がつぶやいた。「おにぎりが良かったなぁ」と……。 

 わかっているよ、私だって「サンドイッチじゃなくて、おにぎりにすれば良かった」って後悔してる(泣)。でも、おにぎりだったらいろいろおかずを作らなければならないし、そのためにはもっと早く起きなければならない……。そう、私たちは、彼氏でもない男の子たちだから手を抜いたのだ(苦笑)。その男の子たちとはそれっきり会わなかったけれど、言われた言葉はショックだったのだろう。なにせ今でも憶えているのだから。「せっかく朝早くから作ったのに!」と、帰宅してからフツフツと怒りが込み上げてきた。でも本当は、言われた言葉がショックだったのではなくて、お弁当のサンドイッチの悲惨な見た目にショックを受けたのだと思う。あぁ、ほろ苦い青春の思い出。 

父が作ってくれたサンドイッチ

 お弁当って、なんで人に作って貰った方が美味しいんだろう?

 あの限られたサイズのお弁当箱に、何をどうやって詰めるのかを考えるのが私は好きなのだけれど、自分で作ると味が想像できてしまうから食べてもそんなに感動がない。駅弁も然り。「何が入っているのかな?」とワクワクしながらフタを開ける瞬間が楽しいのだ。

今月の駅弁1:函館みかど「函館名物 鰊みがき弁当」

 私は欲張りなので、幕の内弁当のようにいろいろとおかずが入っている駅弁を選びがちなのだが、この日はどうしても「数の子」が入った駅弁を食べたくなった。選んだのは、北海道函館の「鰊(にしん)みがき弁当」。包み紙に「鰊」と大きな文字で書かれているレトロな駅弁だ。十文字に結ばれた紐を解くと、立派な数の子と甘辛く煮た鰊が入っている。北海道と言えば「いかめし」が有名だが、こちらも昭和41年から発売されている人気商品だ。プチプチした数の子にコリコリした茎わかめ、そして軟らかい鰊とシンプルだけれど食感が楽しくて、不思議と飽きがこない。時々、無性に食べたくなる。

今月の駅弁2:新潟・神尾弁当「のどぐろとにしんかずのこさけいくら」

 もうひとつ、数の子入りの駅弁をご紹介。駅弁の名前通り、のどぐろ、にしん、かずのこ、さけ、いくらが入っている。仕事で富山を訪ねた時、高岡駅で電車の時間があいてしまって、駅の一角で食べたんだったな。私はすっかり富山の駅弁だと思い込んでいたけれど、新潟・神尾弁当の駅弁だった。とても美味しかったのでまた出会いたいなぁと思っていたら、東京駅の「駅弁屋 祭」で売っているのを見かけた。旅先で出会った駅弁に懐かしい思い出がよみがえる。

新潟・神尾弁当「のどぐろとにしんかずのこさけいくら」

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