
身近な場所にも「小さな旅」がある
今、NHKの長寿番組『小さな旅』の仕事をしている。この記事が出る頃は担当回の仕上げの追い込み真っ只中だろう。
郷愁を誘う番組のテーマ曲に耳馴染みのある方も多いと思うが、あの曲を作ったのが、『ルパン三世』の作曲家でもある大野雄二さんだったということを私は最近知った。
42年前、首都圏で始まった『小さな旅』は、念入りに計画を立てて出かける旅ではなく、ふらっと出かけたその土地で偶然の出会いを楽しむ旅だ(と私は思っている)。
そんな旅は、意外と身近な場所でも感じることがある。
先日、打ち合わせで久しぶりに東京・台東区谷中を訪れた。いわゆる下町情緒が残る場所で、谷中・根津・千駄木の「谷根千(やねせん)」と呼ばれる地域のドキュメンタリーを企画しようと10数年前に足繁く通っていたことがある。
商店街を見渡せる「夕焼けだんだん」と呼ばれる階段には、たくさんの猫たちが我がもの顔でいつも居座っていた。お肉屋さんで人気のコロッケを買って食べながらぶらぶら歩いたり、老舗の佃煮屋さんでごはんのお供を買うのが楽しかった。この街で育ったわけではないのになぜが懐かしい感じがして、自分の子ども時代と勝手に重ねていた。
その頃も、地元の人ではない人たちがたくさん訪れていたが、今は外国人の観光客が押し寄せていて居場所のなさのようなものを感じてしまった。こう感じたのはたぶん、以前は自分が確かに存在していた風景に新たな人たちが加わって、「もう居場所はないよ」と言われたような気がしたからかも知れない。結局、谷根千の企画は上手くいかなくて随分と足が遠のいてしまっていたことも、心のどこかに引っかかっていたのだろう。
谷根千で見つけた鯖サンド
打ち合わせの帰り道、大通りに向かう狭い路地の途中にあるカフェの前で、「サバサンド」の看板を見つけた。「サバサンド」と言えば、バケットに焼きたての鯖とレタスやオニオンなどを挟んだもので、トルコのイスタンブールの屋台で売られている名物だが、これに目が留まったのには理由がある。

20数年前、トルコに撮影で訪れた時、「あの有名なサバサンドが食べたい!」と現地のコーディネーターに伝えたところ、少々融通がきかない彼は「レストラン以外では食べない方がいい。お腹を壊すといけないから」と頑として我々の願いを叶えてくれなかった。撮影スタッフは屋台の前で焼かれるサバを見つめながら泣く泣く諦めたが、未だにそれを憶えている私も相当食い意地が張っていると思う(苦笑)。
偶然見つけた谷中のSAKURA CAFE は、世界の料理とビールがたくさんあって異国の食堂のような感じがした。念願のサバサンドを谷中で頂くことになろうとは……。トルコの旅に思いを馳せながら、口を大きくあけてパクっとかぶりついた。あら、予想以上に美味しい!「あー、あのボスポラス海峡を見ながら食べるサバサンドの味はもっと美味しかったのではなかろうか?」なんて思いが頭をよぎった。
でも、このサバサンドに偶然出会って昔話を思い出したのも、谷中の『小さな旅』からはじまった。身近な場所にもこんな偶然な出会いがあるんだと、なんだかじんわり幸せな気持ちになった。忙しい仕事の合間にこんな小さなことで幸せになれるなんて、いい旅じゃないか!
今月の空弁:『のどぐろちらし寿司』と『ぶりの照り焼き重』
今回は駅弁ではなくて、空港で売られている「空弁」をご紹介。石川市七尾市の和倉温泉にある老舗旅館、加賀屋が監修したお弁当『のどくろちらし寿司』。空港の弁当売り場でよくこのお弁当を目にするが、私が初めて出会ったのは長距離バスで新潟に向かう途中のサービスエリアだった。
フタを開けた時、おかずの配置の美しさと、その上にあしらわれた金箔の豪華さに目を奪われた。椎茸、かんぴょう、胡麻を混ぜた酢飯の上に、イカワタを塩でまぶして長期熟成させた加賀谷こだわりの魚醤「いしる」で漬け込んだ高級魚の「のどぐろ」、海老、穴子、数の子、こはだ、蓮根がのっている。美しさだけでなく、今まで食べた駅弁の中でも上位に入るほど申し分なく美味しかった。

「またこのお弁当と出会わないかなぁ」と思っていたら、地方ロケの帰りに羽田空港に着いて、同じく加賀屋監修の『ぶりの照り焼き重』を見つけた。「惣菜・べんとうグランプリ 2019」で優秀賞を受賞したこちらの方が、『のどぐろちらし寿司』より先に販売されていたらしい。ツヤツヤの照り焼きに金箔があしらわれていて、鶏肉や麩などを煮た「治部煮(じぶに)」という加賀の郷土料理が入っていた。

駅弁の醍醐味は限られた箱の中にいかに美しく盛り付けられているかを目で楽しんで、その土地にしかない郷土色豊かなおかずを手軽に味わうことだと思う。そのささやかな楽しみに出会うために、私は旅に出るのだ。
