不安だらけの実家へのお披露目
太郎くんとの生活が始まり、数カ月が過ぎた頃、初めて夫が不在な週末がやってきました。そこで、この機会に太郎くんを私の実家へ連れて行くことにしました。実はそれまで、私の両親や祖母に太郎くんを紹介できていなかったのです。
いつかは太郎くんを実家に連れていかなければとは思っていましたが、それよりも不安が先行していました。「太郎くんは父たちに懐いてくれるだろうか」とか、「父たちは太郎くんのことをどう思うだろうか」などと考えると、「そう簡単にはいかないかもしれない……」と思い、不安だらけな気持ちになっていたのです。
でも、こんな機会が訪れたので、「もうやるしかない!」と気持ちを入れ替えました。これは養親として越えなければならない「壁」のひとつなのだ、と。(第4話参照)。
実家に到着。両者のリアクションは?!
その日、実家には父と祖母(父の母)がいました。「ただいま~」と言いながら太郎くんと共に実家の玄関を開けると、待っていましたと言わんばかりに、祖母(太郎くんにとっては曾祖母)が満面の笑顔で「よく来たね~!」と、私たちを出迎えてくれました。
そして間髪あけずに方言丸出しで遠慮なく太郎くんに話しかける祖母。そんな祖母からの質問に、ごく普通に対応している太郎くんの姿を見て、私の不安はあっという間に吹き飛びました。
祖母との挨拶を終えると、私は太郎くんに実家を見せてまわりました。二階建ての一軒家を見慣れていない太郎くんは、「こんなおうちがあるんだなあ」と言ったような驚きの表情を見せながら、キョロキョロしていました。
その後、庭や小さな畑がある屋外に連れ出しました。私は自分が子どもの頃にそこでよく遊んだ思い出を太郎くんに話しながら、隣接する畑と田んぼで農作業をしている父のもとに太郎くんを連れて行きました。
「おー、よく来たな、太郎くん! たくさん食べて、たくさん遊んでいきな~」と父。私が心配していたような反応は父にはまったく見られず、笑顔で農作業へと戻っていった姿を見て、私は再び安堵しました。
太郎くん、初の完食
そんなこんなで一日中、新鮮な空気を吸いながら太郎くんと実家で遊んだ後、夕食はみんなで外食することになりました。
太郎くんは以前から食べることにあまり関心をみせず、小食です。でも、この日の夕食ではメニューの写真を見て、太郎くんは自分でお子様セットを選びました。
太郎くんの隣に座って、皆と話をしながら楽しく食事をしていると、太郎くんが私の腕を指で「チョンチョン」と触ってきました。「うん、何かな?」と見ると、太郎くんが自分の空になったお皿を指さして嬉しそうな表情を見せています。
「うわー、ひとりで全部食べたんだね。えらい、えらい!」と、褒めまくりました(笑)。
たくさん遊んで体を動かしたからお腹が空いたのか、普段とは違う環境だからなのか、自分が他者から注目されて心が満たされたからなのか理由は分かりませんが、出された料理を全部食べてくれたことが何よりも嬉しかったです。
外食から帰宅すると、父が太郎くんをお風呂に入れてくれました。その間、祖母が「太郎くんはかわいいね」「小さい子が家に居ると家の中が明るくなるね」「いつでも太郎くんを連れて来ていいんだからね」などと、心温まる言葉をたくさん私にかけてくれました。
そして、その夜は父とゆっくり話しをしました。お互いの日々の生活のことや、私が太郎くんの年齢だった頃の話……。笑ったり、考えたりしながら、久しぶりに父と語り合う時間を持てたことも、自分へのリフレッシュになりました。
息子がお小遣いを頂いたら、どうすればいいの?
翌朝、祖母と太郎くんが話をしているのが聞こえました。しばらくして太郎くんがやってきて、「これをもらったよ~」と嬉しそうに私に見せてくれたものは、お金でした。祖母が太郎くんにお小遣いを与えたのです。
普通ならば、ただ「ありがとう」と言って済む話かもしれません。でも、私は瞬間的に「里子という立場の太郎くんにお小遣いを与えることは正しいのか、正しくないのか……?」と考えてしまいました。お小遣いについて考えていなかった私は慌ててしまい、児童相談所に確認を取った方がいいのか、それともそんな必要はないのか、適切な対処法が分からなかったのです。
ただ、この場で確実にやるべきことのひとつは分かっていました。太郎くんに、お礼を言うことを教えなければいけません。
「太郎くん、こうやって誰かが太郎くんに何かをくれたら、その人にありがとうと言うんだよ。だから、おばあちゃんのところに行って、ありがとうを言おうね」と言い、太郎くんの手を引いて祖母のもとに向かいました。
「ありがとう」と、太郎くん。
「さっき、『ありがとう』したもんね。えらいよ」と祖母。
このような温かい時間はあっという間に過ぎ、初めての実家訪問は無事に終わりました。
帰宅後、夫に太郎くんがお小遣いをもらった件を話しました。夫が、「太郎くんがもらったものが、現金だったことが気になっているようだけれど、ものでも現金でも、それはプレゼントだよね。もし、おばあちゃんが現金ではなく、おもちゃをあげていたら、そのことを児童相談所に報告する必要があるかな? 僕はないと思うよ」と意見してくれたことで、私の気持ちもようやく納得しました。経験値がないので、こういう細かいことが気になってしまうのですが、新たな経験ができてよかったです。
今回の実家訪問は、「太郎くんが実家にデビューした日」であったのと同時に、「私が母親として実家にデビューした日」になりました。毎日の子育ては、同時に私の「自分育て」です。
我が家の特別養子縁組体験記はまだまだ続きます。次回もお楽しみに!