太郎くんが夫を避けるようになり
太郎くんとの生活が半年ほど経過した頃、私は太郎くんが私のところにくる頻度がとても多くなったと感じるようになりました。
太郎くんが私のところに来れば当然その都度相手をするので、予定していた家事が出来なかったり、自分の時間が持てなくなって、私は不機嫌になることが増えてきました。それを避けるためにも、太郎くんには私ではなく夫のところへ行くように促したり、夫に太郎くんの相手を積極的にするようにお願いしていましたが、ある日、私が促しても太郎くんが夫のもとへ行こうとしないことに気付きました。
それだけでなく、夫が太郎くんに声をかけても、太郎くんが反応しないのです。
太郎くんが夫の言葉に反応しないのは「たまたま」かも知れないと思い、少し様子を見ていましたが、夫に対する太郎くんの態度は日に日に悪化していき、ある時からは完全に夫を無視するようになりました。
なぜ、そんな態度を取るのか、新米ペアレンツの私たち夫婦には理由がまったく分からず途方に暮れながら日々の生活を続けていました。しかし、そのうちに夫の方が太郎くんから無視され続ける状況に耐えられなくなり、ある日、私に自分の胸の内を話しながら泣き出してしまいました。これは本当に辛かった……。
太郎くんと夫を離す?!
夫と太郎くんのふたりから板挟みされた私は「なんとかこの状況を改善したい」と思いつつ、どうすれば改善できるのか分からないまま日々の家事をこなし、会社にもフルタイムで毎日出勤しながらイライラが膨らんで行きました。大声を出すわけにも、誰かに気持ちを話すわけにもいかず、どうしようか悩んだ末に児童相談所の担当者に相談しようと思い立ちました。
すがるような思いで担当者に電話をかけ、詳しく状況を説明すると、思いもしなかった言葉が返って来たのです。
「ふたりを離した方がいいかもしれないですね……」。
担当者の言ったことが瞬時には理解できず、私は慌てて聞き返しました。「ふたりを離すって、太郎くんと夫をですか? それは一体どういうことでしょうか?!」
担当者は落ち着いた口調で、こう説明してくれました。
「つまり、今一緒に暮らしている状況は良くないと言うことです。太郎くんを一時保護所でお預かりします。ふたりを離して少し様子をみましょう。一時保護所は児相相談所内にありますので、太郎くんを着の身、着のままで連れてきてください。生活をするのに必要なものは全てありますから用意する物は何もありません」
待って、待って! 一時保護所って何? 着の身、着のままで連れて来い? 自分がこの担当者の言葉をちゃんと聞き取れているのかを疑うほど、私の頭の中は混乱していました。
一時保護所という施設
一時保護所とは、様々な事情から親元にいることが難しい2歳から18歳までの子どもたちが一時的に保護されて生活する施設です。一時保護の期間は原則として2カ月を超えてはならないことになっています。
太郎くんは当時、保育園に通っていたので担任の先生に連絡したところ、園長先生も含めて私たち家族の状況を理解していただけました。先生方からの心温まるメッセージはその頃の私の心の支えになりました。
太郎くんを児童相談所内の一時保護所に連れて行く日は、「これから太郎くんはどうなっちゃうのだろう?」そして「私たち家族はどうなっちゃうのだろう?」ということばかり考えて、身体は一時保護所に向かっていても頭の中が整理できませんでした。こんな展開になるとは考えていなかったので、自分が何をすればいいのかもわからず、とても混乱していました。
児童相談所に到着すると、担当職員が太郎くんだけを一時保護所に連れて行きました。その間、私と夫はその場で待機。ほんの数秒で太郎くんの姿が見えなくなりました。「もしかすると太郎くんの姿を見られるのは、これが最後になるのかも……」という思いが頭の中をよぎりました。
担当職員が戻ってきて、私と夫は個室に案内され、家庭での太郎くんの夫に対する様子について様々な質問を受けました。児童相談所は、太郎くんの様子を観察するためと、太郎くんと夫を一旦離すために1カ月から1カ月半をめどに一時保護所で預かると提案。離れることが目的なので、この期間中に面会することはできません。そういうことを私たちが理解しているか確認した後に、太郎くんが一時保護所で保護されていることを証明する書類を受け取りました。
そして、担当職員がもうひとつ大事な話があるとつけ加えました。少し言いにくそうに。
「ご夫婦と太郎くんが一緒に生活を始めて以来、初めて離れることになり、ショックを受けられていると思います。1カ月ほど太郎くんと離れている間に、ひとつお願いがあります。今後、太郎くんとの生活をどうするかをご夫婦でよく話し合ってほしいのです。1週間後に太郎くんの様子を報告する連絡を差し上げますので、それまでに話し合ってください。」
——後編に続く——