海外ジャパンカルチャー旋風の世界観
イギリス人生パンク道

九州出身で英国在住歴23年、41歳で二児の母、金髪80キロという規格外の日本人マルチメディアアーティスト大渕園子が、どうすれば自分らしい40代を生きられるかを探してもがく痛快コラム。40代はあと9年。果たしてそれは見つかるのか?!

舞台『千と千尋の神隠し』のロンドン公演、お見事!

 先日ロンドンで公演中の舞台『千と千尋の神隠し』を観に行った。平日の公演にもかからわらず、ほぼ満席の大盛況だった。

 すごかったのは全編日本語で日本のキャストのまま演じられ、英語はデジタル板の字幕のみだったことだ。海外向けにアレンジされたものではなく、日本で培ったものを「そのまま海外に持ってきた」ような感覚だった。オリジナル映画の各シーンも取りこぼしなく丁寧に表現され、日本的な繊細さと文化と美しさで魅せた。  

 アニメ的な表現までをも舞台演出として昇華し、遊び心も粋で、日本だからこそ作ることができた唯一無二の舞台。その日は半数以上のお客さんがイギリス人だったが、皆その舞台に感動し拍手喝さいだった。日本の作品がこういう風に世界に進出し、世界の人々の心を鷲掴みする瞬間に立ち会えて、私は感激して泣きそうだった。

これまでの「日本カルチャー流行り」とは異なる点

 ここ5年くらいのイギリスで感じる日本文化の世界進出ぶりはすさまじい。

 スマートフォンの普及とYouTubeの拡大から始まり、TikTok、Spotify、アニメサイトのCrunchyrollなど様々なプラットフォームを経て世界中にコンテンツが拡散されたことで今に至るが、「プラットフォームが発達するだけで、独自コンテンツが時間差もほぼなく世界中に浸透していく」とは思っていなかったので驚いている。

 先日イギリス人の友達の娘がもうすぐ誕生日とのことで、「どんな誕生パーティーを考えているの?」と聞いたところ、「Miku Hatsune!」と返ってきた。いきなり「初音ミク」という単語が出てきたので思わず聞き直してしまったが、ニコニコ動画の創成期(2008年頃)に動画を楽しんでいた私としては、10歳のイギリス人にも初音ミクが浸透していることに驚きと感動を覚えた。

 うちの息子のイギリス人友達は藤井風が大好き。Creepy Nutsの『Bling-Bang-Bang-Born』のサビも普通に口ずさめる。彼はTikTokを通して日本の音楽を知ったそうだ。

 10年前に比べて、イギリスの子どもたちの日本のアニメの知識と情熱も過熱している。その影響で日本語を勉強したり、日本食や日本文化に興味を覚える子も増えたなと感じる。ソーシャルメディアが流れるスピードに比例して増えるような感覚だろうか。

 今は以前よりも少し落ち着いたとは言え、ここ数年の日本のシティポップ人気の勢いも凄まじい。松原みきの『真夜中のドア~stay with me~』や竹内まりやの『Plastic Love』を、私はイギリスで育った自分の子ども達から教えてもらった。  

 これらの作品やアーティストたちは海外市場を意識することなく、日本で生まれ、日本のオーディエンスに向けて作られたものばかりだ。それが、海外における「これまでの日本カルチャーの流行り」とは大きく異なるところだと思う。

海外仕様に変換不要な世界観もある

 海外市場を意識せず、「日本のオーディエンスに向けて作られたもの」が世界に飛び立ち世界中を熱狂させている————作り手が情熱と魂を込めて自分を精一杯表現したものが、そのままこうして世界に愛されるなんて希望に満ち溢れているなと思う。

 これまでの海外市場戦略は今とはだいぶ違ったと思う。例えば日本で人気の歌手やグループが全米デビューすることになると、突然ガラッと売り方の戦略を変え(られ)ていた。まず英語で歌うことが必須で、アメリカで通用する発音を求められた。当然今まで日本語の素晴らしい歌詞で伝わっていた情緒が簡略された英語に変換されて味気なくなる。見た目も変え(られ)る。女性だと一般的にアジアン・ビューティーと認識されるような不思議なメイクを施され、写真撮影もアジアン・セクシーを求められていたような気がする。そのような彼らの元来の情熱や個性から離れた海外進出は、アメリカだけでなく他国にも認められず消えていったように思う。アメリカ仕様に変え(られ)たアーティストたちは自分の信念を曲げて勝負しなければならないことに憤りを感じていたかもしれないと思い胸が痛む。

 それもあって、『千と千尋の神隠し』ロンドン公演の素晴らしい成功例を目の当たりにして、ものすごく嬉しかった。あの会場にいた日本人みんなが思ったはずだ、「日本人であることを誇りに思う」と。

 さて、私は今月ひとつ決めたことがある。

 来年の秋頃に個展を開催する。といっても、まだひとつも作品を作ってはいないし、どこで開催するかも定まっていないが、とにかく「個展をする」という目標を定めることで、この一年間をかけて制作に取り組んでいこうと思う。

 久々の個展、何を発表するか。個展のオープニング・パーティーに友達やアート関係者を呼ぶとなると、ちゃんとした作品にしなきゃいけないと焦りも出るし、個展をするとなるとお金もかかる。作品制作以外の雑務を考え始めると、アートなのに心より頭を優先してしまいそうになる。

 でも「私はブレない!」と決めたのだ。自分の心が素直に作りたいと思うものに魂を注いで制作し、雑念のない心の通った作品を生み出したい。「作りながら幸せでよだれが出そうになる」、そんな姿勢でこれからやっていこうと思う。『千と千尋の神隠し』の舞台からもらった勇気を糧に、きっとうまくいくと信じて。

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