息子が不登校を辞めたとき
イギリス人生パンク道

九州出身で英国在住歴23年、42歳で二児の母、金髪80キロという規格外の日本人マルチメディアアーティスト大渕園子が、どうすれば自分らしい40代を生きられるかを探してもがく痛快コラム。40代はあと8年。果たしてそれは見つかるのか?!

イギリスのGCSE試験って何?

 今年の初夏、不登校を続けていた私の息子がGCSE試験を受けた。GCSEとはイギリスの中等教育終了時に行われ、満16歳の生徒が受験する試験だ。多様な科目に関する知識や理解度を測るもので、その成績は進学や将来のキャリアに大きな影響を与える。

 息子はコロナ禍の鬱から不登校となり3年間学校に行かなかったが、GCSE試験を受ける年になったら、自分なりに勉強に取り組む姿勢を見せ始めた。そこで国の支援を受けて個別指導の先生を自宅に招いて数学と国語を学び、3年間のブランクを取り戻す努力を重ねた。私と旦那は息子の集中力を引き出しやすいよう、自宅での学習環境を整えることに注力した。

 アートのGCSEも受験したいという息子は、名前だけ登録させてもらっていた学校のアートクラスにも参加した。窓際の静かな席を特別に設けてもらい、そこでGCSE用のポートフォリオを作成した。アートに集中できる環境が整ったことは彼にとって大きな励みになったようだった。普段は人との関わりを避けていた息子が少しずつ自信を持ってGCSEに挑戦する姿を見て、3年間、暗闇の中にいたように感じていた私たちは感動しきりだった。

 GCSE試験の結果発表の日、外に出ていた私のもとへ息子からの電話が鳴った。緊張が高まる中、電話に出ると息子はまるで叫ぶような勢いで「4科目中3科目で8を取った!」と言った。GCSEの最高得点は9。だから8は高得点、素晴らしい結果だ。それを聞いた私は泣きながら祝福した。ここ数年で最もはしゃいでいる息子の無邪気な様子が嬉しくて涙が止まらなかった。

3年前の私たち

 3年前、私たちはロンドンから遠く離れた田舎に引っ越し、世間から距離を置くことで息子の心の回復を図った。それまでの環境から距離を置いたことで、親である自分も周囲の同学年の子どもたちが学校で成長していく様子を俯瞰的に見ることができた。

 息子が不登校であることを受け入れる過程は、家族にとっても試練だったが、3年という時間を経て私たちは家族の絆を深めていった。ありがたいことに、周りの友達は私たちに息子の状況を隠すことなく話せる環境を作ってくれた。そして、みんな私たちを優しく見守り、応援してくれた。  そのおかげでどん底の時は感情が麻痺していた私たちも徐々に小さな幸せや喜びを再び感じられるようになった。だから息子の試験の結果は日本とイギリスの両家族と今まで応援してくれた友達に報告した。みんな本当に息子の頑張りを祝福してくれた。

人に期待しない

 息子は9月から国の支援を利用してアートに特化したカレッジでA LEVEL(GCSEの次のレベル)のアートを専攻している。カレッジに通い始めたことで彼の新たな道が開けたように感じる。

 3年前の私たちにとっては、不登校だった息子が毎日ファッションに気を使ってカレッジに通う姿を見るのは信じられなかったが、新しい環境で切磋琢磨し成長していく彼の姿を見るのはまるで奇跡のようだ。

 だが、息子の新しい挑戦に対して私と旦那は過度な期待をしないようにしている。聞こえは悪いかもしれないが、これがこの3年を経てきた私たちのスタンスなのだ。「期待」は息子にとって重荷以外の何物でもなかったし、「期待したこと」が起こらなかった場合のがっかり感は、誰も幸せにはしない。

 例えば私は、不登校になった頃の息子に「あと1カ月後には学校に戻れるようなってほしい」と期待した。学校を渋りだした時点で彼の精神的ダメージは計り知れないものだったろうに、あの時の私は「少し休めばどうにかなる」と思っていた。疑うことなく「普通」に戻ってくれることを期待していたのだ。

 その結果、彼は私たち親に失望し、人生の暗黒期をスタートした。私たち親は期待していた明るい未来から真逆の展開になったことに絶望し、ようやく事の重大さを理解し始めたのだ。

 この他にも、息子が不登校になった初期には多くの過ちを犯した。思い出したら涙が出るほど反省していることも多いが、それが私たちの今のスタンス、「期待しない」を作り出したのだ。

 明日がどうなるかは誰にも分からない。でも息子は自らの力で困難を乗り越え新たな目標に向かって進んでいる。その努力が実を結び、息子の自信を育んでいる。私はといえば、人は人に期待してはいけないということを自分の息子から学んだ。

 息子、頑張ったね。本当におめでとう。これからも新たな挑戦が次々待っているだろうけれど、暗闇を歩き抜いたあなたなら何があっても大丈夫だよ。

 私はこれからも息子が自分の道を切り開いていけるよう、私なりのやり方で見守り支えていきたいと思っている。

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