親と遠く離れて暮らすこと
イギリス人生パンク道

九州出身で英国在住歴23年、42歳で二児の母、金髪80キロという規格外の日本人マルチメディアアーティスト大渕園子が、どうすれば自分らしい40代を生きられるかを探してもがく痛快コラム。40代はあと8年。果たしてそれは見つかるのか?!

日本を飛び立った25年前

 イギリスに来て今年で25年目になる。

 18歳で渡英した当時は両親もまだ若く、自分も新しい土地で根を張ることに精一杯だった。25年前はインターネットはなく、今のようにオンラインで簡単に繋がれる時代ではなかったので、実家とのやり取りは手紙だった。たまにかける国際電話も高額で、街の新聞販売店でプリペイドカードを買い、公衆電話から最長でも10分ほど話すのがやっと。限られた時間で日本にいる家族の近況を聞き、自分の様子を伝える。そんな短いやり取りでも、受話器の向こうの声を聞けば不思議と心が落ち着いた。

 イギリスで大学を卒業し、結婚。一方、日本の両親は長年の夢だった蕎麦屋を開業し、見事に大繁盛させた。私の方は子どもが2人生まれ、育児に没頭する日々。そんな中、2年に一度の里帰りがやっとだった。家族4人分の飛行機代は高額で、渡航費だけでも大きな負担だったが、祖父母や両親に子どもたちの成長を見せたくて里帰りを続けた。里帰りのたびに、私は実家で甘えっぱなしで過ごした。

両親とあとどれだけ一緒に過ごせるか?

 しかし、ここ数年で状況が変わった。去年から一人で帰国する回数が増え、昨年は二度、今年もすでに一度帰っている。

 私は白髪が増えた42歳になり、当然ながら親も年を重ねた。実家の蕎麦屋は大盛況のうちに幕を閉じ、両親はリタイア後の人生を謳歌している。世界を旅し、国内をドライブし、自由を満喫する二人の姿は、娘から見ても理想的な老後に映る。しかし、そんな二人も70代になり、やはり体の衰えは隠せない。

 里帰りが増えたのは「両親とあとどれだけ一緒に時間を過ごせるか」と考えたからだ。

 これまで2年に一度だった帰省を思い返せば、一緒に過ごせる時間は決して多くないと気づいた。しかも子どもたちと帰省すると、どうしても私は子どもたちの母になり、両親はおじいちゃんおばあちゃんとして時を過ごしている。「娘と両親としての時を過ごしたい」——だから、できる限り一人で頻繁に帰ることにした。一人での帰省だと不便でも格安の航空券を選べるので、子連れに比べて航空券を買いやすくもなった。

限りある時間を言葉だけで終わらせない

 25年間も海外で「のほほ〜ん」と暮らしてきた自分は、「親に何もしてこなかったのではないか?」という思いが拭えない。親に経済的な援助をしたわけでもなく、蕎麦屋を手伝うこともなかった。私はただ、ずっと親に甘え続けてきたのだ。親に何か困ったことが起きても、遠方から話を聞くだけで、すぐに実家へ駆けつけることもできなかった。

 私はこの人生で何か親孝行ができたのだろうか? 

 それについて考えるたびに心がぎゅっと締めつけられる。が、締め付けられる気持ちがあっても自分が動かなければきっと何も変わらない。

 私はこれから両親に何ができるのだろう?

 次の帰省の予定は5月。10日ほどの滞在だ。特別なことをするつもりはない。ただ、両親と何気ない会話を楽しみたいと思っている。地元の筑後弁でどうでもいいことで笑ったり、つつじが満開の能古島に連れて行きたい。もっと言うなら、両親と穏やかな沈黙を共有したい。

 25年前までは当たり前だったそんな時間が、今では何よりも愛おしく、尊いものに思える。5月の帰省では、そんな時間を存分に味わいつつ、少しでも両親に恩返しができるよう自分にできることを探したい。

 誰にとっても平等に時間は限られているのだから。

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