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Vol. 14 「ブルー・ジャスミン」
もしも突然、自分が持っている社会的地位、財産、家、仕事のすべてを一度に失ったら、あなたならどうしますか? しかも、愛していた夫がとんでもない詐欺師だったとしたら?
相変わらず、ウディ・アレン監督は、人間の痛いところを突いてきます。
今回ご紹介する映画は、そんなアレン監督によるケイト・ブランシェット主演のダーク・コメディ「ブルージャスミン」(2014年)。第86回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、脚本賞など多数を受賞し、この年の話題作となりました。
まずは予告編をご覧いただきましょう。
ある日、すべてを失った女性のその後は?
「欲望という名の電車」(1951年)を彷彿させるような場面もあるこの作品は、アレン監督いわく、主人公には実際のモデルがいたとか。ある朝、監督がその女性の話をふと耳にしたことから映画化を考え始めたそうです。
予告編でご覧になられたように、ジャスミン(ケイト・ブランシェット)は高級ブランドの服に身を包み、ニューヨークの豪邸でディナー・パーティーを開いたり、夫ハル(アレック・ボールドウィン)から高額なサプライズ・プレゼントをもらったりと、まるでファッション雑誌『Vogue』から抜け出てきたようなファッショナブルで裕福なライフスタイルを幸せに過ごしていました。
しかし、そんな日々が突然、崩壊……。
夫が起こした不正事によって、ニューヨークのソーシャライトだった生活から、たちまち自分とは血の繋がっていない妹ジンジャーのサンフランシスコにある庶民的な家に居候する身となってしまうジャスミン。二人は養女として同じ両親のもとで育てられたのですが、性格も趣味も生活水準もまったく異なります。この二人のコントラストが、ジャスミンという女性がどのような人物かを浮き立たせます。
結末は取っておきますが もう、このジャネット、いえ自ら「ジャスミン」に名前を変えた女性(ケイト・ブランシェット)が……相当おかしいのです。怒り、そして混乱。何かが常に彼女の頭の中で爆発しそうなギリギリの状態というか、突然変わってしまった自らの現実を受け入れることができないのです。
ニューヨークでの生活を思い出しながら、サンフランシスコの部屋で独り言を言う彼女。これまでのニューヨークでのゴージャスな生活、素敵な夫ハル、人にうらやまれるような夫婦像……そのすべてが嘘で固められたものだったことが、フラッシュバックで次々と露わにされていきます。
夫の地位と財産に頼って生きてきた女性から、それが失くなると……
この作品に出演後、インタビューを受けたケイト・ブランシェット自身も、ジャスミンのような人物に出会ったことがあるとか……。劇中で彼女が抗不安剤のザナックスとマーティーニーを人前で交互に飲むシーンがありますが(というより、劇中ずっと薬を飲んでいますが)、そんな演技も彼女が実際に目にした女性の姿だったのかも知れません。
一見すると、「裕福で幸せに満ちた女性」としか見えない人が、どんどん狂っていく。どうしたら、こんなに現実が見えなくなるのだろう?と、どんどん惹きこまれていきます。
この作品の特に素晴らしいところは、新たな生活を始めようとしているジャスミンの嘘が、ジャスミンによって暴露されるのではないという構成であること。ストーリーを通して周りの人間によって次々と事実が明かされていきます。
ジャスミンとジンジャー 正反対な姉妹
さて、初めてサンフランシスコのジンジャーの家に到着するジャスミン。すでにお金は一銭もないはずなのに、飛行機のファースト・クラスに乗って、いくつものヴィトンのスーツケースを持ってやってきます。エルメスのバッグにスカーフ、シャネルのジャケットと、まるで絵に書いたようなセレブルックが、あまりにもキマりすぎていて違和感を覚えるほど(笑)。
妹のジンジャー(サリー・ホーキンス)とは血が繋がっていないだけではなく、お互いをあまり知らないんですね。二人の大きな違いは、ジンジャーは現実を受け入れているけれど、ジャスミンはそれができないこと。しかも、ジンジャーは前夫の全財産を、ジャスミンの夫ハルによって騙し取られたのですが、そんな過去があるにもかかわらず、ジンジャーに見下した態度を取るジャスミン。それなのに、なぜ、ジンジャーや彼女のパートナーのチリ(ボビー・カナヴェイル)は、ジャスミンに優しいのでしょうか?
それは、周りの人たちは、ジャスミンが現実を受け入れられず苦しんでいることを理解しているからかも知れません。特にジンジャーの優しさは大きかったはず。
もしジャスミンの頭の中が見れるのであれば、見てみたいと思うほど、ジャスミンは現実を受け入れることができません。幼少の頃に養女に出されたものの、きっと、セレブの世界に入るために自らをプロデュースして、名前もジャネットからジャスミンに変え、NYのプリンス(実は詐欺師でしたが)と結婚して、自分の夢を叶えるためだけに生きてきたのでしょう。
でも、蓋を開けて見たら、夫の巨万の富は詐欺で得たもの。そして自分だけが知らなかった夫の数々の不倫も発覚し、彼女の世界がひっくり返ってしまった。その事実をどうしても受け入られなくて、精神がどんどんおかしくなっていくのです。
追い込まれても虚構から抜け出せない
ジャスミンは、あるパーティーで裕福な外交官の男性と出会い、結婚話まで発展するのですが、過去がバレて、彼との婚約は破談になります。このときに自分がどういう人間であるかをようやく悟ったのではないか、と願いたいところですが(笑)、このシーンでもジャスミンは現実離れしたことを言ってしまいます。ここまで酷いことになっても、ジャスミンは変わろうとしない! これには苦笑してしまいました。
ただ最終的にはジャスミンは、「自分には何もない。インテリアデザインと食に関する少しの知識だけ」と、気づきます。自分自身が作り出した悲劇に、ようやく気づくジャスミン。最後に彼女がすがったものはニューヨークでも着ていたシャネルのジャケットでした……。
エンディングを見て、複雑な気持ちになりました。もし自分も何もなくなったとしたら、一体どうするだろうって……。
ウディ・アレン監督がこの作品で、人間の虚栄心をチクリと突いてくれたのはさすがだと思います。SNSなどで自分を別人格に創り上げることが容易になった現代では、そうやって創りあげた人格で生活している人も多いのかもしれません。もしかして、あなたの中にも「ブルー・ジャスミン」が潜んではいませんか……?
それでは、次回もお楽しみに!
ブルー・ジャスミン(DVD)原題: Blue Jasmine