異人種の恋愛がタブーだった時代
バーテンダー・トーク

【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中からチャンスを求めて移住者がやってくる米カリフォルニア。人種の坩堝の中で生きる様々な人たちが、ふらりと訪れる小さなバーで働く日本人バーテンダーが、カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。

ルーツを探そうとしたら、まさかの展開に

 今月のお客様

いつもピシッとしたスーツでご来店されるアラ還の黒人女性、リズさん(仮名)は、米某大企業の取締役秘書。とってもお話好きで明るい彼女に似合う爽やかなモヒートを飲みながら、その日もアメリカという国の時代背景や人種問題などなかなか複雑な要素も絡まる興味深いお話をケラケラと高らかに笑いながら話して下さいました。

 以前もこのコラムで、「自分の祖先はどこからきたのか?」という素朴な疑問に答えてくれる手段としてアメリカで人気の家系図調査会社、「アンセストリードットコム」に絡んだお話を紹介しましたが、リズさんも息子と一緒にこの会社のDNA検査を受けたそうです。息子は黒人のリズさんとラテン系の元夫との間に生まれたハーフなので、「DNA50%の違いでどんな結果が出るか、興味があったの」と軽い気持ちで検査を受けたそうです。 

 このサービスには大勢のDNAデータを含む情報が蓄積されているので、思わぬ親戚が発見されることも多々あります。過去にはこのサービスを使って連続殺人者が見つかり、逮捕に至った事例もあるとか。

 とにかく同サービスを利用後しばらくして、リズさんの元に従姉妹にあたるという、見知らぬ女性メアリーさん(仮名)から連絡が来たそうです。このメアリーさんは赤ちゃんの時に養子として引き取られて幸せに暮らしていたけれども、養父母が亡くなり、「自分のルーツを探すため」に同サービスを使ったところ、リズさんの名前が出てきたので連絡してみた、と説明。

 連絡を受けたリズさんは驚き、不安も覚えたそうです。「だって、誰の隠し子っていうことになるじゃない?」。そんなリズさんがさらに戸惑ったのは、メアリーさんが「かなり白人っぽい」ということでした。リズさんは肌の色や髪の質など黒人の特徴が顕著な女性なので、メアリーさんとの共通点は何ひとつなかったから。

出生のミステリー

 白人にしか見えないメアリーさんはサンディエゴ生まれですが、リズさんの親戚でその頃サンディエゴにいた親戚はゼロ。何の共通点もありません。そこで、メアリーさんが同調査で見つけた「叔母にあたる人(実母の姉、白人)」に連絡をとって、「出生の秘密をご存知なら教えてくださいと」とお願いしたそうです。

 すると、その叔母は「秘密なんて何もないわよ」と言って、メアリーさんの出生ミステリーを種あかし。「あなたのお母さんはね、いつも黒人男性に興味があってねぇ……」と、ちょうど公民権運動が盛んだった1960年代の話を始めたそうです。

1950年代〜1960年代のアメリカのリアル

 アメリカの公民権運動と聞いて、どんなことが起きたか、どんな状況だったかとすぐに答えられる日本人はどのくらいいるでしょうか? 

 日本で生まれ育った私にとって公民権運動は、世界史の授業で少し習った「遠くの国で起きた昔の出来事」という感覚です。さっと説明すると、1865年に南北戦争が終結し、法律上はアメリカにおける奴隷制度は廃止されました。でも、「人種別に施設を分離することは合法」というのは残り、あらゆる場面で奴隷制度廃止後も「人種分離」が正当化され何十年もそのままでした。1955年にバスの黒人専用席に座っていた黒人女性が、乗ってきた白人男性に席を譲らずに逮捕されたことを発端に2年間続いた「バス乗車ボイコット」から国民権運動が盛んになり、1963年のキング牧師が率いるワシントン大行進を得て、ようやく公民権法が定められたのが1964年。なんと奴隷解放から100年後でした。

 リズさんとメアリーさんとの繋がりが生まれたのは、ちょうどその公民権運動の真っ只中、1960年前半の出来事でした。

 公民権運動の盛んだった頃、黒人男子に興味を持っていた白人女子の親は心配して「娘と黒人男子の接点がない環境」に躍起になったそうです。メアリーさんの実母の両親もパニックに陥り、当時はインターネットもSNSもない中、適当な思い込みで「きっと田舎のワイオミング州に行けば黒人はいないだろう」と考え、家族でわざわざワイオミング州に引っ越したそうです。

 でも、ワイオミングにも当然、黒人は住んでいました。そこでリズさんの叔父にあたるナイスな黒人男性と、メアリーさんの実母である白人女性が出会い、若い二人は恋に落ちたのです。隠れてお付き合いを続け、そして妊娠……。白人女子の親は「なんてこった!」と再び大パニックになり、隠れるようにサンディエゴに移り住み、そこで生まれた子ども(メアリーさん)をすぐに養子に出したとのことでした。

 まさに時代が生んだ悲劇のカップル……。人種分離が当たり前だった時代には、異人種の結婚が違法だった州もあったくらいですから、親のパニックぶりも想像がつきます。そんな時代が私が生まれるちょっと前まで続いていたとは。リズさんも私も自分とは異人種と結婚しているのですが、これが60年前だったら夫とは結婚できなかったのでしょう。

「忘れたい過去」と「知りたい過去」

 悲しいことに、メアリーさんの実母にとって若年出産は「忘れたい過去」なので関わりたくないと言われ、初めての連絡が最後の連絡になったそうです。メアリーさんの実父であるリズさんの叔父はすでに亡くなっていました。

 でも、リズさんはその年のサンクスギビングにメアリーさんを招待して、今でも二人の親戚付き合いは頻繁に行われているそうです。メアリーさんは自分のルーツ、「知りたかった過去」を知ることができ、家系図サービスを受けてとても良かったと喜んでいるそうです。

 なんてアメリカンな要素の詰まった話でしょう。歴史的、社会的な背景もですが、このサービスが流行るのもお国柄。過去を知ることで複雑な心境に陥ることもありそうですが、そんな経験も自分発見の旅のお供にできるのはアメリカ人の強さのひとつかもしれません。

 何はともあれ、家族の再発見を祝して。あるいは、これ以上秘密の家族が増えないことを祈って乾杯しましょう。

今月のカクテル:モヒート

 季節柄、爽やかなカクテルです。ミント、砂糖、ラムの種類をそれぞれ変えれば様々な味変ができるのも楽しいですね。アメリカでは1杯に使用するミントは6枚〜10枚。ですが、日本ではミントの葉のサイズが小さいのか、レシピによっては20枚〜30枚と記載されていることもあるので、ライムとミントと砂糖をキュッキュッと混ぜた時に味見をして好みの調合を探してみて下さい。ミントもライムも潰しすぎると苦くなるので気をつけて。

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