浮気記念日
バーテンダー・トーク

【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中からチャンスを求めて移住者がやってくる米カリフォルニア。人種の坩堝の中で生きる様々な人たちが、ふらりと訪れる小さなバーで働く日本人バーテンダーが、カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。

今日のお客様

 ケイティさん(40代、仮名)は南米系イケメンの夫、大学生の娘と高校生の息子の仲良し4人家族。夏休みには海外ボランティア活動、冬休みにはスキー旅行など家族イベントも盛りだくさんで、夫婦で10年近くダンススクールに通って大会にも出場しているとか。そんな幸せな生活を送っていたケイティさんの夫が浮気して……

溢れ出る涙のワケ

 以前、来店された時の印象は、「元気溌剌、幸せの塊!」という感じだったケイティさん。今回はちょっと塞いでいる様子に見えたので、「何かあったのかしら?」と気になって、「お久しぶりですね、お元気でしたか?」とこちらから声をかけてみました。

 ちょっと微笑みながら「そうでもないのよ」というお返事。アメリカでは挨拶の際「お元気ですか(でしたか)?」と尋ねられたら、実際の状態はどうであれ、「I’ve been good!」(調子良いですよ)とか、「Same old, same old」(変わりないよ)などと「適当に応える」のが普通ですから、芳しくないお返事は気になります。

 さらに、「そうでもないのよ」と言った後に、涙がジワッと溢れてきてケイティさんが泣き出したのです。「実は今日は、夫の浮気一周年記念日なのよ」と言い、堰を切ったように夫の浮気話を話はじめました。

一年前の小さな出来事

 出張や旅行などで夫婦が離れている時も、しょっちゅう電話やメッセージでコニュニケーションを欠かさなかったケイティさん夫妻。1年前のその日も出張中だった夫と1日を通して何度も話していたので、夜に「おやすみ」の電話がなかったのも、「きっと仕事関係の食事か、その後の飲み会か何かで遅くなっているのだろう」と、特に気に留めなかったそうです。

 翌朝、いつものように夫から「おはよう」の電話がかかってきましたが、とても忙しそうな様子で、「またあとで電話するね」と早々に電話を切られてしまったそう。いくら忙しくても1日の出来事をどんな些細なことでも分かち合うのが長年の習慣の仲良し夫婦にとっては、夜と朝の2連続で話ができないことはまずありません。「何かおかしいとピンときた」のは、こんな些細なことだったそうです。

決定的な証拠を目にして

 出張中で遠くにいる夫の浮気をどうやって確信したのでしょう? なんとケイティさんは「ピンときた瞬間」に彼のパソコンを開いて携帯メッセージを読んだそうです(PCとスマホのSMSが同期していた)。「こんなこと初めてしたのよ。いくら夫婦でもメッセージを盗み読みする自分が嫌だったし、こんな行動をさせた夫にはすごく頭に来た」と、当時を思い出してまた涙が……。

 ケイティさんは、夫といわゆるワンナイトスタンド(一夜の関係)の相手との会話を、ほぼオンタイムで読んでしまったそうです。「チャンスがあればまた会いたい」という内容のメッセージも書かれていたとか。

 「出張先がラスベガスだったから、荷物も持たずにすぐに飛んでいったわ」

 ラスベガスは飛行機で1時間ほど。頭が混乱していたので詳しくは覚えていないそうですが、ケイティさんが直接会いに行って何が起こったのかを問いただすと、夫はあっさりと「魔が差した」と浮気を認めたそうです。

夫婦のままでいたいけれど

 いくら「魔がさしただけ」のワンナイトスタンドでも、夫が「許して欲しい」と泣いて謝って懇願しても、ケイティさんの悲しみはどうすることもできなかった……。

 とりあえず、家庭内別居を選択。とは言っても「子ども達に負担をかけたくない」と極力普段通りに振る舞って生活していたそうです。その理由は、「万が一、私が許してあげて離婚せずにずっと一緒に暮らす可能性があるなら、彼には理想の父であり夫であってほしかったから」。そのため誰にも相談できずにいたそうです。

 高校生の時から付き合って20数年。夫にとっても家族がすごく大切だし、ケイティさんにとっても夫がいない生活は想像できない。だからこそ心の傷は深く、夫の裏切りはなかなか許せない……。

 人生で一番大切なものを失うかもしれないと分かっていて、なぜ浮気をしたのか——そこがケイティさんが最も理解できない点だったので、「きっと彼には子どもの頃のトラウマなど、何か心理的に問題があるのだろう」と考え、夫婦で相談した結果、夫はカウンセリングに通って「浮気をしてしまうのは、心の病気として治療に励む」ことになったそうです。

浮気という病名の「不治の病」

 子ども達にこのことを話せたのはつい最近。「何かおかしいとは思ったけど、パパが浮気したとは思わなかった」と少しショックは受けていたけれど、子ども達は落ち着いていたそうです。子どもに話せたので別居生活を開始したケイティさんは、こう付け加えました。

 「実はね、あの浮気が初めてではなかったの」

 カウンセリングを受け始めた夫は、治療の過程で様々な事実が明らかになり、彼の心の不安定さで浮気を繰り返してしまうことがわかったとか。原因は育った環境にあるようで「女性に言い寄られると自信が湧いて強気になれる」ため、誰かに言い寄られるたびに浮気してしまうそうです。ハンサムで経済的にも安定しており、素敵な家族もあるのに、なぜ自分に自信が持てないのか。そこを理解しないと浮気病は治らないとカウンセラーは言っているようです。

 「カウンセリングは上手くいっていると思ったの。彼も努力しているし。でもね、先月息子と3人で食事に行った時、別居中だから私と息子が自宅に戻り、彼は彼の家に帰ったの。そうしたらすごく寂しくなってしまって、一人でバーに行って飲んでいたら、女性に声をかけられて彼女の家にいたんですって」と、投げやりに首を振りながら、「もう、どうしようもない」という表情をしていました。

 だから、この浮気から1年経ったこの日に、離婚しようと決めたそうです。

 愛する夫がかかった「浮気」と言う病名の病気。「まだ彼を愛しているし、彼もすごく私や家族を愛してはいるのよ。でも、本人に病気を治す強い心がないなら仕方がない」と言うケイティさん。浮気が彼にとって「不治の病」と分かったことで、浮気記念日の決断ができたそうです。彼女と家族全員にとって今は辛くても、これが良い決断だった思える日が早く来ますように。

今月のカクテル:ホット・トディ

 このカクテルをお出しする目的は、心と体を温めること。蜂蜜レモンのカクテル版です。使うお酒はウィスキー、ラム、ブランディなどお好みで。もちろん蜂蜜やレモンの量も調整して好みの味を見つけてください。はじめにマグカップを十分に温めてからカクテルを組み立ててください。イギリスでは風邪を引いた時に咳止めのかわりに飲んでいたカクテル。寒い冬にピッタリです。

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