なぜ、二拠点生活に魅かれるのか

気づけば10年以上も二拠点生活

 こんにちは、ランサムはなです。前回のコラムで、社内通訳者の仕事のために4年間暮らしたオースティン近郊の家を売却したことについてお話ししました。実際に社内通訳者の仕事をスタートしたのは昨年11月からで、入社直前から会社の近くにアパートを借りていたので、就職してから半年以上、二拠点生活(厳密には日本の拠点も含めると三拠点生活)を続けていたことになります。

 実は複数拠点生活というのは、私にとっては特別なことではありません。コロナ禍の影響で2020年からしばらく日本と米国の行き来が自由にできなくなるまでは、一年の半分を日本、残りの半分を米国で過ごすという生活を10年近く送ってきたからです。

 私の場合、翻訳業を生業にしているので、翻訳者としての自分の商品価値を維持するためにも「生きた言語」に直に触れることが重要だと考えてきました。特に日本の読者の方々の心に刺さる文章を書くには、日本の読者の肌感覚がわからないと言葉の感覚が少しずつずれていきます。グリーンカード(米国永住権)保持者は一年の半分以上を米国で過ごさなければいけない制約はありますが、世界中のどこでも仕事ができるフリーランスなのですから、せっかくの特権を活かさない手はありません。競争力を維持するためにも、日本語にどっぷり浸かった環境で一定期間過ごすことは翻訳者として絶対に必要なことだと考えていました。

二拠点生活の大変な点

 近年、定年退職を間近に控えた在米の日本人の日本移住が進んでいます。しかし、我が家の場合は30代後半に一度日本に永住帰国をした後、10年ほど経ってから再び米国に戻るという決断をしたので、計画的に日本への帰国を進めている方々とは異なり、「万一、(再)渡米が失敗した場合に、帰る家がないと困るから日本の拠点を残していこう」という見切り発車で二拠点生活をスタートさせました。

 二拠点生活という言葉に憧れを抱く人は多いと思いますが、実際にやってみると大変なことがいろいろあります。我が家の場合も、控えめに言っても楽な道のりではありませんでした。

 まず、数カ月家を空けると、膨大な量の郵便物が溜まります。水洗のお手洗いなども、長期間使用しないと便器の中の水が蒸発して、帰宅すると異臭を放っていたりすることがあります。冬場は水道管の凍結を防ぐため、トイレに不凍液を入れるなどの工夫が必要です。一軒家の場合、庭の草取りや寒冷地の雪かきなどの対応ができないと長期で留守にしていることが一目でわかってしまうので、定期的に業者を呼んで対応してもらう必要があります。

 こういった住居関連の手続きがどうしても出てくるため、定期的に帰国しても様々な事務手続きが山積みになっていて、観光気分や旅行気分は味わえないことがほとんどです。戻るたびに、理想と現実は違うなとしみじみ思います。

二拠点生活の良い点

 とは言え、二拠点生活をして良かったと思う点ももちろんあります。

 一番の収穫は、自分が今いる環境を俯瞰して、客観視できるようになったことだと思います。ある地域では「当たり前」とされていることでも、別の地域では全然当たり前ではないことがありますが、当たり前だと思って接していると、その真価を見落としたり、過小評価してしまいがちです。たとえば日本の公共交通機関の定時運行は、米国では決して見かけることがないものですが、それが当たり前だと思ってしまうと、ちょっと遅れただけでも腹が立ったりするようになるのは残念なことだと思います。

 もうひとつの収穫は、しがらみにどっぷり浸かる以外の選択肢がある、と思えるようになったことです。ずっと同じ場所に住み続けていると、苦手な人や職場、近所づきあいとも折り合いをつけなければいけないことが重圧になる場合があります。でも、仮に面倒なことが起きても、別の価値観を持つ世界が他にあることを意識するだけで、追い詰められた気持ちにならずにゆとりを持って接することができます。「物事はこうでなければいけない」という思い込みから解放されたことは、何にも増して価値があったと思います。

 今は社内通訳者として訓練を受けている最中なので以前ほど自由に帰国することができませんが、いずれはまたこのような生活を再開させられたら良いなと思っています。

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「ノマドワーカー」は英語では「Digital nomad」

日本でも「ノマドワーカー」という言葉が定着して久しいと思いますが、英語では「ノマドワーカー」は「Digital nomad」または「Remote worker」と言います。「Nomad」だけだと「遊牧民」という意味になってしまいますのでご注意ください。

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