日本に住みながら海外の子どもを特別養子縁組
当誌の長期連載『この子、私が産んだ子じゃないんです。特別養子縁組ものがたり』でも取り組んできたテーマ「養子縁組で家族になる」という人生の選択。今回ご紹介するのは日本在住でありながら、フィリピンで産まれた1歳の子どもを特別養子縁組で家族に迎えた翻訳者のネルソン聡子さんです。
日本では普通養子縁組と特別養子縁組の2種類があり、日本生まれの子どもでも煩雑な法的手続きが必要とされます。その手続きをひとつずつクリアして、海外から呼び寄せた子どもを家族に迎えて2年。自分たち親子が選んだ「養子という選択肢」をもっと大勢の人たちに知ってもらいたいと願い、さらなるチャレンジに挑むネルソン聡子さんにお話を伺いました。
子どもを迎えたい夫婦、親が育てられない子ども
―「養子を迎える」という人生の選択肢は、ずっと以前から考えていたのですか?
30代までは自分で産むという選択肢しか知らなかったので、ゆくゆくは結婚して妊娠して子どもを産んで育てるんだ、という考えしかありませんでした。周りにそれ以外の選択をしていた友達もいなかったですし。
でも、40歳を過ぎてから結婚して、不妊治療をしていた頃に夫から「養子縁組という選択肢もあるのではないか」と切り出されたんです。夫はアメリカ人なので養子縁組に何の抵抗もありませんでしたが、私は正直、戸惑いました。考え始めたのはそれがきっかけです。
―日本では子どもを特別養子縁組で家族に迎える選択肢はまだ一般的とは言えないと思いますが、日本で養子縁組をすることに迷いはありましたか?
やったことがないことでしたから、迷いや不安はありました。でも私は以前、保育士として働いていた経験もあり、子どもが好きなんです。子どもを育てる責任の大きさは理解しているつもりですが、子どもがいたら人生がもっと豊かになるだろうなと思っていたので、フィリピンに住む遠縁から養子縁組の話が来たときは、「これはご縁だ」と感謝して前向きに受け入れました。
―娘を養子に出したいと願う産みのお母様とも実際に会って話されたそうですね。
はい、最初はオンラインの画面越しに産みのお母さんとお話ししました。娘は生後7ヶ月くらいでしたが、画面越しに対面した時は感動しました。でも、やはり気にかかるのは産みのお母さんのお気持ちです。「本当に養子に送り出して良いのですか?」と何度も何度も確認してしまいました。
お母さんはフィリピンの男女格差が厳しいことや経済的に苦しいことなどを話してくれた後、すでに男の子が3人いて育てるのに精一杯なので、「娘には日本でいい教育を受けて幸せに育ってほしい」という思いを私たちに伝えてくれました。それを聞いて「しっかり育てていきます」と約束して、法的な手続きを始めました。すごく大変でしたが、書類をフィリピンの日本大使館に提出後に短期ビザが発行され、娘を連れて産みのお母さんが来日。一緒に弁護士事務所に行って養子縁組の意思を最終確認しました。お母さんの意思を顔を見てきちんと確認できてとても良かったです。
―ネルソンさんは海外留学経験のある翻訳者、ご主人はアメリカ人。英語は問題なくても、特別養子縁組で海外から子どもを迎える手続きは大変だっただろうと想像します。最も大変だったことは何ですか?
法的な手続きにまつわることが、とにかく大変でした。フィリピンから日本に娘を連れてくるために必要な書類はなんと26種類もあったんです。それを全部用意してフィリピンの日本大使館に提出したのが1月、お母さんの来日や日本の裁判所での申し立を経て特別養子縁組が成立したのが12月だったので、約1年かかりました。
さらに、この作業をサポートしていただく各専門家を日本で見つけるのも大変でした。実際に娘を日本に連れてくるためのアドバイスや書類作成のサポートをしてくれた国際行政書士の方や、日本の家庭裁判所とのやり取りを担当してくれた弁護士の方がいなかったら、どうなっていたことか。お二人と出会うまでは断られてばかりで心が折れそうになりましたが、「きっと、どこかに私たちを助けてくれる人はいるはず」と信じて探し続けました。今振り返ると、最後まで諦めずに進めることが一番大変だったかもしれません。
―日本で暮らしている中で、日本人からの養子縁組ではないことに躊躇や迷いはありましたか?
私たちは神奈川県在住ですが、夫がフィリピンとアフリカンアメリカンのミックスのアメリカ人なので、子どもが日本人ではないことへのこだわりは全くありませんでした。娘は家では英語、保育園では日本語を使って生活しています。両親は日本人とアメリカ人、娘はフィリピン人。これから日本で育っていく娘はこの環境をどう捉えるのか、私達はどう向き合うべきなのかと考えることも当然ありますが、家族で支え合って進んでいきたいと思っています。
特別養子縁組を「知ってもらう」ためにできること
―現在クラウドファンディングに挑戦中とのことですが、何を実現することがゴールですか?
海外の養子縁組に関するドキュメンタリー映像や当事者のインタビュー映像に日本語字幕をつけて配信しようとしています。私が映像字幕翻訳の仕事をしているので、映像字幕翻訳の仲間たちとともに、このプロジェクトを始めました。
特別養子縁組の成立はゴールではなく、新しい家族のスタートだと思うのですが、現状は行政のサポート体制はまだほとんど整っていません。特別養子縁組のことを知っている人もとても少ないし、世間が持つ養子に対するイメージは少しネガティブというか、言い難いこと的な印象を持たれていますよね。
でも、それはきっと皆さん、このことを「知らないから」だと思うんです。
だから、まずは「知ってもらう」ために映像配信をしようと考えました。特別養子縁組が「人生において当たり前にある選択」であることや、そういう境遇にあることは「かわいそうなことではない」ことを、まずは「知ってもらうこと」だ、と。
人は自分が知らないことに関してはどうしても身構えますし、ときには攻撃的になったりもしますよね。だから、「知らない」ことで選択肢が減ってしまうことって、世の中にたくさんあると思うんです。
ですから、養子縁組が盛んに行われている海外の映像を見てもらうことで、「養子縁組は普通なこと」で、「子どもが幸せになる制度」であることや、オープン・アダプションなど日本ではあまり知られていない海外の考え方を紹介して、これをきっかけに「特別養子縁組という制度」に興味を持って理解を深めてもらいたいと思っています。
(注:オープン・アダプションとは産みの親と養親が情報を共有して共に子どもの成長を見守る形態)
―この「クラウドファンディングで支援する」には、具体的にどうすればいいのでしょう?
クラウドファンディングに初めて触れる方にはハードルが高く感じてしまうかもしれませんが、「支援」とは「商品(返礼品)の予約購入」なんです。今回私たちが用意したのは、日本語字幕付きの海外ドキュメンタリー配信チケット(1回〜見放題まで様々ご用意)や字幕翻訳のワークショップなどです(クラウドファンディングの詳細リンクはこちら)。
今挑戦しているクラウドファンディングは「All or Nothing形式」なので、目標金額に達しない場合は「ゼロ」=「成立しなかった」となります。そうなると応援してくださった方々の気持ちに応えられないだけでなく、商品(配信券など)をみなさんに発送できないので、お預かりしていたクレジットカードの金額も引き落とされません。
―なるほど。それならば大勢の方々からの支援が必要になりますね。
はい、特別養子縁組制度は子どもが幸せになるための制度でもあるので、1日も早くこの制度が「特別」ではなくなることを願って、映像配信の準備を進めていきたいと思います。応援、よろしくお願いします!
特別養子縁組が「特別」でなくなる世の中に!映像配信の支援はこちらから。
ネルソン聡子さんプロフィール
ネルソン聡子
英日/伊日の翻訳者。大学卒業後、映画配給会社に就職。営業の傍ら作品の翻訳なども経験後、海外とのプロジェクトを行う会社に転職。教育関連の仕事に携わった後、フリーランスに転向。2013年より映像翻訳を中心に出版翻訳や実務翻訳を手掛けている。現在は神奈川で夫と特別養子縁組に迎えた娘の3人暮らし。特別養子縁組が「特別」ではない世の中を目指し、養親縁組に関する海外のドキュメンタリーや当事者(産みの親、養親、養子)のインタビュー映像を配信するプロジェクトに挑戦中。
特別養子縁組が「特別」ではない世の中をつくりたい!クラウドファンディングの支援はこちらから。http://camp-fire.jp/projects/view/741468?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show
ネルソン聡子さんが発起人を務める「Adoption for Happiness = アダプション・フォー・ハピネス(幸せになるための特別養子縁組)」
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