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日本人で唯一、グラミー賞を受賞したバイオリニスト
日本人のバイオリニストとして唯ひとりのグラミー賞保持者であり、ニューヨークを拠点に活躍している音楽家、徳永慶子さん。国際的に活躍する一流の音楽家であり、アンサンブル「INTERWOVEN」の創設者であり、名門ジュリアード音楽院予科から世界を目指す生徒たちの指導者でもありながら、弊誌で好評連載中の漫画『へいお待ち!マグロ一丁」の作者でもある徳永さんに、じっくりとお話をうかがったインタビューの後編です(インタビュー前編はこちら)。
これから世界に羽ばたく生徒から学ぶことと、伝えたいこと
編集部:演奏家として活動するだけでなく、バイオリンのレッスンもされていますが、人に教えることで学ぶこともありますか?
教えることでの学びはたくさんあります。同じ事を教えるにしても、生徒さん一人ひとり「理解のツボ」が違いますよね。「この人はこういう風に物事を理解しているんだ、私とは全然違うなぁ」とか、「この人は音よりも色で説明する方が反応がいいな」とか。自分ではあまり考えたこともない事柄をじっくり説明しなければならないこともあり、自分自身を理解する機会を与えてもらうこともしばしばです。いろいろ模索しているうちに、私たち人間の個性の幅の広さというか、「みんな違って、みんないい」という事を実感できることにいつも感謝しています。
編集部:徳永さんは漫画家として弊誌でも連載中の「ヘイお待ち!マグロ一丁」が人気連載中ですが、このふたつのキャリアを持っている方は大変珍しいと思います。バイオリニストとしての活動だけでも相当お忙しい中、なぜ漫画も描かれるのですか?
漫画やイラストを描いているときは、全てを忘れて没頭できるので、心がとても静かになります。息抜きのようなものとも言えますし、ちょっと瞑想に似ているかもしれません。
私のインスタグラムで発信している「ヴァイオリニストができるまで」シリーズは、今まさにプロになるために頑張っているお子さんたちや、その親御さんへのエールでもあるんです。私が経験したことを漫画で伝えることによって、少しでも多くの方に「とても辛い道のりだけれど、自分のアイデンティティを、自分の好きなことを諦めないで。きっといいことが待ってるから!」ということを伝えられたらと願って描いています。
音楽家として存在することで、自分と誰かの「生」に栄養を分ける
編集部:「自分は音楽家だ」と実感する瞬間は、どんなときですか?
仲間達と演奏していて、時々「会心の一撃」みたいに、ものすごくいい音が鳴る瞬間が来るんです。そういう時にみんなが一瞬パッと顔をあげて、演奏を続けながら無言で「今キマったよね?!」となる。そんな風に目で会話する時に、「音楽と携わってきて本当によかったなあ」と強く感じます。
編集部:徳永さんがバイオリンを続ける原動力は何ですか?
私はとても幸運なことに、自分の大好きなことを生業として生活しています。もちろん常時、順風満帆ではないですし、心が折れそうになってしまうこともあります。でも最終的に、自分が心を込めて作った音楽を、周りの方に喜んでいただけたと実感するときに、「自分も少しは世界の役に立てているんだな」と誇らしく感じます。
音楽をはじめ芸術というものは、別に存在しなくても誰かの生死に関わることではないかもしれませんが、存在することによって自分や誰かの生に栄養を分けてあげられるものだと信じています。自分が愛してやまないものが、どんな形であれ誰かの役に立てるのであれば、人間としてこんなに嬉しいことはないと思っています。
編集部:徳永さんが演奏活動を続けていらっしゃる中で、一番好きなことは何ですか?
私は大の旅好きなので、演奏旅行ができる時が一番嬉しいです。今まで行ったことがないところの景色を見たり、美味しいものを食べたり。何より、日常から解放されて、音楽だけに集中していればいい、ということに最大の喜びを感じますね。
編集部:そんな徳永さんが今後、挑戦したいことは何ですか?
海外生活が長くなるにつれて、日本の美しい伝統に興味が湧くようになってきたので、着付けを学んで、自分で着物のおしゃれを楽しめるようになりたいです。茶道にも挑戦したいですし、俳句や川柳にも興味があります。自分のルーツを再確認することによって、どんどん自分をリニューアルできたらいいなと思っています。
編集部:これから音楽家や漫画家やクリエーターを目指す日本人の女性たちにメッセージをいただけますか?
クリエーターという仕事は、無の状態から何かを具現化するという、とんでもない力技が必要ですよね。そして根本的に自営業なので、何でも自分でやらねばいけないし、もっとも自分のすべき仕事を他の人にやってもらっても意味がない。さらにたくさんの情熱、労力、そして時間を費やして何かを作っても、あっさりと「ボツ」と言われてしまうこともあるし、心ないことを言ってくる人も出てきます。ずっとやっていると、「諦めてしまった方が楽になるんじゃないか」と感じることがあるかもしれません。
そんな時は、隙を見つけてしっかり休みましょう。私たち日本人は「休む」ということがあまり上手ではありません。かくいう私もとても休むのが下手なのですが、私たちクリエーターは、心が疲れている時はいいものを生み出すことができません。自分の健康のためにも、次のプロジェクトのためにも、時には美味しいお茶を淹れて、猫と一緒にぼーっとする時間を作ってみてください。私たちひとりひとりの幸せが、周りの方々の幸せに繋がっていくんじゃないかと思います。
———インタビュー前編はこちら———
徳永慶子さんプロフィール
徳永慶子(バイオリニスト、漫画家)
神奈川県出身。高校2年生で単身渡米し、ジュリアード音楽院予科に編入。その後、同楽院より学士、修士号およびアーティスト・ディプロマを得る。現在は同学院予科の講師として在籍中。
2005年から2019年までアタッカ・カルテットに所属。これまでに第62回グラミー賞(室内楽・小編成アンサンブル部門)を始め、第7回大阪国際室内楽コンクール優勝、メルボルン国際室内楽コンクール3位入賞、ABCラジオクラシックFM視聴者賞受賞などを多数受賞。アメリカ、カナダ、メキシコ、南米各地、ヨーロッパ、オーストラリア、日本など世界中で演奏活動を続けている。
ソリストとしては、これまでにスペイン国立管弦楽団、バルセロナ=カタルーニャ管弦楽団などと多数共演したほか、2007年の王子ホールでのソロ・デビュー以降、アメリカ、カナダ、日本で多くのリサイタルを行っている。2016年5月にはソロとしてのデビュー・アルバム「Jewels」をNY Classicsレーベルからリリースしている。
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