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村上春樹『スプートニクの恋人』、ロンドンで10月から舞台上演
世界中に熱烈なファンを持つ作家、村上春樹氏の人気小説『スプートニクの恋人』。この作品が舞台化され、来る10月26日から1カ月間、イギリスの名門劇場「Arcola Theatre」で上演される。「現実と非現実」、「こちらの世界とあちらの世界」が行き来する村上ワールドを劇場で再現することは困難を極めると言われる中、このイギリス劇場版『スプートニクの恋人』の劇中美術とアニメーションの担当に抜擢されたのが、在英日本人アーティストの大渕園子さんだ。
『Go Women Go』でインタビューをさせて頂いてから、約2年半(記事はこちら)。いつもパワフルな園子さんが村上作品の舞台化という話題作の制作にかかわることになった舞台裏や、制作者の想いなどをじっくり聞かせていただいた。
舞台『スプートニクの恋人』の制作に参加しませんか?
質問:毎年ノーベル文学賞の候補に名前があがる作家、村上春樹氏。オタクという表現を超えたマニアを含め、世界中に熱烈なファンが何十万人もいる有名作家の作品の舞台化に関わることになった経緯を教えてください。
「きっかけは、なんと一通のダイレクトメールでした。私と息子の二人で作っているアニメシリーズNeon LND(ネオン・ロンドン)のFacebookページにメールが届いて。それは親子の共同作業のためのアカウントだったので、そこにDMが来るなんてことは初めてで、うっかり見逃すところでした(笑)。
とにかく、そこに今回の作品が上演されるArcola Theatreの経営者から“舞台監督のメリー・スティルがあなたの作品を見て気に入り、あなたに会ってみたいと言っていますが、会えますか”と連絡があったんです。もちろん会ってみたいと即答してミーティングしたら意気投合して、この舞台制作に参加することになったんです」
質問:ドラマのようなすごい話ですね(笑)。園子さんはマルチメディア・アーティストですが、この舞台制作における肩書きは何ですか?
「ビデオ・デザイナーです。舞台上の背景に映るアニメーションと絵を担当しています」
質問:つまり、役者さんが演じる舞台の背景幕(バックドロップ)に園子さんが製作したアニメーションや絵が映し出されるということですか?
「はい、そうです。演劇の舞台では稀なセッティングだと思いますが、村上春樹氏の独特で複雑な世界観を描き出すために舞台監督が考案した演出なんです」
村上春樹の世界をアニメーションで表現
質問:村上春樹氏は日本やイギリスはもちろん世界的に有名な作家ですが、村上作品の舞台化に制作者のひとりとして参加することへの緊張というか、畏怖のようなものはありましたか?
「もちろんです。村上春樹氏の世界観をビジュアル化するのは、恐れ多いというより、もはや不可能なことは百も承知でした。なので、もちろんたくさん悩みもしましたが、私なりに魂を注いで作品を作りました。
舞台監督のメリーは私が生まれた頃から演劇界の第一線で活躍されている方で、演劇界の最高峰であるアメリカのトニー賞やイギリスのオリヴィエ賞にノミネートされた経歴もあります。彼女のビジョンは壮大で的確で最高に面白くて豊か。その彼女のビジョンを私というフィルターを通してアニメーションに落とし込んでいきました」
質問:『スプートニクの恋人』は、村上春樹作品の特色とも言える「現実と非現実が入り混じることが繰り返される」という相当ややこしい描写が多い作品だと思われます。舞台で映し出されるアニメーションでそれをどう表現されたのでしょうか?
「この作品の中で繰り広げられる現実と非現実の混じり合いが、普段、自分の奥底で思っていたことと共鳴して、かなりしっくり来たんです。作品にすごく共感して、読んでいる最中にはっきりとしたビジョンが見えたと言うか、自分の奥底に隠れていた“片付いていないもの”や、“霧に覆われていた部分”などが、ちゃんと形になったというか。なんなら、これから私自身の“あちら側”に残されたものを見に行く旅が頭の中で始まった、というくらいのインパクトでしたね(笑)。
なので、アニメーションにおける“現実と非現実が入り混じる描写”は、自分が初めてこの小説を読んだ時の感覚に従って、どういう形で可視化されたかを描き起こしていきました。」
質問:クリエーターとして同プロジェクトに参加して、最も難しかったことは何ですか?
「世界中に熱狂的ファンのいる原作なので、劇場に足を運んでくださる方々の多くは、きっと人生のどこかで村上春樹氏の小説に触れて心を揺さぶられたり、勇気をもらったり、助けられたりしていると思います。人生の数々の場面で村上作品の中の好きな一文を思い出したり、その一文がシンクロしたりして。そんな個々のそれぞれ想いが詰まった村上作品をひとつのビジュアルで表現すること——これが最も難しかったことです」
質問:それを実現するために大切にしたことは何ですか?
「舞台監督の指示が軸にある中で、自分なりに通そうと決めていたことは、自分の中から沸き上がる私のリアル、想い、ビジョンを大切にすることでした。
例えば、この作品の日本での舞台は1990年代後半の東京です。でも私は福岡の山奥の田舎で育ち、15歳の時にデザイン科のある高校に通うために祖母の家に居候して高校時代を福岡市で過ごしました。だから『スプートニクの恋人』の時代設定の頃の私は福岡市の都会っぷりにはしゃぐ高校生。90年代後期の東京は資料を基に作るしかありませんでした。でも当時の映像や資料をリサーチして作っていいのか、そこに魂が入るのかと、どうにも納得できなかった。
そこで、まず私の90年代後半を自分に再び落とし込む作業を行いました。当時好きで聴いていた音楽や好きだったアニメ、マンガ、プリクラ帳。何に興味を持ち何に情熱を注いでいたか、好きだったコンビニの商品まで思い出す作業を続け、自分の誕生日には近所の友達を集めてY2K(2000年前後)テーマのパーティーまで開催(笑)。当時の雑誌『FRUITS』に出てきそうな格好(ケアベアとテレタビーズ柄の服)と細眉毛のメイクで臨みました(笑)。
この90年代後半をしっかりと思い出す旅を続けるうちに、作品の「主人公K」や「すみれ」が感じていた90年代後半の空気感を自分なりに落とし込むことができるようになりました。それが掴めてからは自信を持って情景を描けるようになったと思います」
質問:このプロジェクトに参加して最もエキサイティングだったことは何ですか?
「最高のクリエイターの方々と一緒にこの舞台をつくることができたことです。舞台監督のメリーをはじめ、脚本家のブライオニー、舞台美術&コスチュームデザイナーのハリウさん、サウンドデザイン&作曲家のオトさん、照明デザイナーのマルコムなど素晴らしい方々のいるチームに混ぜてもらって、みんなに会うたびに刺激をもらいまくりました。こんな素敵なプロジェクトがあるんだって感激して。もちろん俳優陣も素晴らしく、夢のような時間でした。」
リアルで血の通ったものを生み出し、届ける
質問:以前、弊誌でインタビューさせていただいてから2年半が経ちました。この間にどんな変化がありましたか?
「この2年半の間にはコロナ禍もあり、私の人生にもそれはもういろんなことがあったんですが、ひとつずつ乗り越えていくうちに価値観が変わったんですよね。それまで思い込んでいたことから、まるで憑き物が落ちたように解放されて(笑)、今は脱皮中のような感覚の中で自分の人生を見つめ直しながら進んでいます。あ、見た目から入るのはどうなのよ、と思われるかもしれませんが、髪も金髪にしました(笑)。見た目が変わると見える景色も違って、なかなか面白いです」
質問:その変化や成長を経て、これから先はどうしていきたいですか?
「改めて認識したのは、私にとってリアルで血の通ったものを生み出し届けることが、とても大事だ、ということです。私は作品を作る時、いつも登場人物やストーリーに憑依して、掘って掘って掘り下げた先に私なりのリアルを載せるのですが、それによって血が通ったものができると思っているし、その作業をするには自分が自然体でいることが大切です。飾り物やうわべだけではないものを作って届けるためにも、自分自身に素直でいたいし、自分が楽しいと心躍ることに忠実に生きていきたいです」
質問:最後に、この『スプートニクの恋人』劇場版を通して観客に届けたいことは何ですか?
「この作品は一人一人受け取るものが異なるお話だと思いますし、受け取り方は十人十色です。その一人一人の心と作品が繋がったり、共鳴したり、想像力を膨らませるお手伝いをするツールのひとつに私のアニメーションがなれればと願っています。
素晴らしいチームが一丸となって作り上げた、日本がいっぱい散りばめられた特別な作品なので、今から開演が楽しみで仕方ありません。上演はロンドンなので日本からはちょっと遠いのですが、ぜひ大勢の方に観ていただきたいと思います。」
大渕園子さんプロフィール
グラフィックやキャラクター・デザイン、立体的な空間デザインやアニメーション、ミュージックビデオなど、2Dから4Dにわたる様々なデザインを手掛けるマルチメディア・アーティスト。
福岡県生まれ、ロンドン在住。2001年に留学で渡英。2005年、ロンドン芸術大学卒業。ヒストリック・ロイヤル・パレスの専属アーティストとなる。シアターのステージデザインやキャラクターデザインを手掛けた後、2017年、再び学校へ戻り、ロンドン大学卒業教員免許取得。現在はアーティスト活動を行いながらカレッジでも教鞭をとっている。さらなる詳細は公式サイトへ。
インスタ https://www.instagram.com/sonoko.obuchi/
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