フードトラックで起業! アメリカで「おむすび」を売る

TOKACHI MUSUBIオーナー 横山恵梨香さん

 北海道は十勝出身の横山恵梨香さんが幼い娘を連れて、家も仕事もなかったサンフランシスコへ渡ったのは今から約10年前のこと。シングルマザーとして子育てをしながら、英語がそれほどうまくなくてもできる仕事を必死で探し、働き続けて貯めた自己資金で昨年フードトラック(キッチンカー)を購入して起業。オリジナルの「おむすび」を売る人気フードトラックとして、サンフランシスコで注目を集めています。念願の起業を果たし、自分の足で夢への第一歩を踏み出した恵梨香さんにお話を伺いました。

フードトラックで起業したシングルマザー エリカさん
フードトラックを運転する恵梨香さん。まずはトラックを駐車場にうまく停めることから練習したそう

資金を貯めて念願のフードトラックを購入

質問:昨年アメリカで起業して、今年2月にフードトラック「TOKACHI MUSUBI」の営業を開始。今はサンフランシスコ周辺のイベントなどに出店されていらっしゃいますが、いつも盛況ですね

 ありがとうございます。まだ始めたばかりなので気力と体力でやっている部分もありますが、なんとか形になってきました。今はトラックの運転から仕込み、接客、営業まで全て自分でやっていますが、スタッフが定着したら役割を分担して、もっと効率的に作業ができるようにどんどん改良したいと思っています。

質問:トラックが大きくて驚きました。運転も管理するのも相当大変なのでは?

 そうですね、全長約8m・幅約3mですから、私も最初はビビりました(笑)。車に詳しい訳でもなかったので、当初はわからないことだらけで。私にはビジネスパートナーがいないので、英語が得意なわけでもないのに役所に行くのも1人、トラックを修理する業者をあたるのも1人。外国人の女が1人で来たと足元を見られてぼったくられたことも何度もありましたね。

 フードトラックの営業許可証を取る時も、本来は保健局に行ってから消防署に行くんですが、知らずに逆の順序で行ってしまい、役所の人に「順序が逆の人はあなたが初めて」と言われました(笑)。どのみち両方から許可をもらわないといけないので、なんとかなったんですが、起業当初はこんなことばかり続きました。

質問:資金調達は自己資金のみとはすごいですね。

 すごいと言うより、無謀と言った方がいいかも(笑)。とにかく娘を食べさせていくために仕事を掛け持ちして、がむしゃらに働きました。コンビニのレジ打ちや飲食業の仕込み、フードトラックの手伝いや配達業務。資格を持っているのでマッサージの仕事も掛け持ちしていました。

 いろんな仕事をやりながら、ずっと「いつか起業したい」と思っていたんです。娘を育てることと、起業する夢の両方があったから頑張れたのかも知れません。投資家を募るとか、行政の支援を使うなんてことは考えませんでした、気づかなかったと言うか(笑)。

 そんなわけで、あらゆる物欲を抑えて長年コツコツ貯めた貯金と、必死で働いて作ったお金を合わせた自己資金だけで起業しましたが、資金も労力も不足していたので開業するまでには時間がかかりました。この中古のフードトラックを購入してから約1年間かけて少しずつ直して、やっと今年の2月に開業したんです。

地元の女性支援団体との出会いが人生を変えた

質問:「いつか起業したい」という夢を実現するために、どこかで修行したり、何か特別な勉強をしたのですか?

 いえ、ただ漠然と「起業したいな」と思っていただけで、修行とか、専門の勉強をしたことはありません。ただ、いろんな仕事を経験する中でフードトラックで働いていた時が一番楽しかったのと、その時のご縁から中古のフードトラックを購入できるチャンスが来たので、それに掛けてみようと思ったんです。トラックを買おうと決意した時点では経営の経験はありませんでした。

質問:ビジネスプラン等を作る前に、まずトラックを購入してしまったということですか(驚)

 はい、そうです(笑)。買ってから初めて「フードトラックを開業するのって、こんなに大変なのかー?!」と知って愕然としました(笑)。トラックを買った時には営業許可証の取り方も、トラックの管理の仕方も、PL(損益計算書)の付け方も何も知らなかったので。

質問:そんな状態から、どうやって開業に漕ぎ着けたのですか?

 トラックは買ったけど、これからどうしようと悩んでいる時に、知人がシングルマザーや貧困層の移民女性たちの起業を支援している地元の非営利団体「La Cocina」のインキュベーター・プログラムの存在を教えてくれたんです。それを知って、すぐに応募しました。「絶対に受かりたい!」と思って全力でプレゼンしたら、受かったんですよ。これには自分でも驚きました(笑)。初めて起業する女性たちに飲食業を運営していくための知識や技術をサポートしてくれるプログラムなんですが、私はラッキーにもこの支援を受けられることができて、La Cocinaのスタッフさんに支えられて開業できたんです。今でもお金以外の様々なサポートを受けています。

質問:女性支援に特化した非営利団体があるとは素晴らしいですね。

 アメリカらしいですよね。私のようなシングルマザーでビジネスの経験がない人でも起業できる機会をもらえるなんて、本当に素晴らしいことだと思います。スタッフの雇い方とか、給料の払い方とかも知らなかったので、そういう細かい事務作業のやり方を教えてもらったり、いろいろ相談に乗ってもらっています。

ユニークな具がアメリカ人客に大人気の「おむすび」。もちろんレシピはすべて恵梨香さんのオリジナル

そもそも、なぜアメリカへ?

質問:2013年に渡米した時には、シングルマザーで仕事も決まっていなかったそうですが、なぜ渡米を決意したのですか?

 小さな頃から姉の影響でアメリカのカルチャーが好きだったんです。いつかアメリカで暮らしてみたいと漠然と思っていて、大人になって日本で知り合ったアメリカ人と結婚しました。娘が生まれた数年後に離婚してシングルマザーになってしまいましたが、渡米してみたいという気持ちはずっとあったんですよね。

 だから、渡米した理由は「好奇心」です。現実のリスクを考えるよりも、自分の好奇心に負けてしまったというか(笑)。考えるよりも先ずはやってみる。やってみてダメだなってことは、その都度改良すればいい——そんな気持ちでした。うまく行かなかったら、預金を全部使い果たした時点で帰ってくればいいと思って。だから半年から1年ぐらいの滞在が限度かなと思っていたんですが、あれからもう10年です(笑)。その間に夢だった起業までできたので、人生わからないものですよね。

質問:これだけ物価が高くて治安もあまり良くないサンフランシスコ(アメリカ)の中心地で暮らす魅力とはなんですか?

 お金も、教養も、学歴も、特別な資格もキャリアも何もないシングルマザーのこんな私にも「挑戦する機会」を与えてくれる街なんです。この街にも社会にも、起業を支援してくれた「La Cocina」にも本当に感謝しています。起業したい人のバックグラウンドには関係なく、頑張る人や挑戦する人に追い風の雰囲気がこの街にはあると思います。

質問:とはいえ外国で起業して経営を続けるのは大変なことだと思います。それでも頑張ろうとする原動力は何ですか?

 「やらなかった後悔より、やって後悔する方がマシ!」という気持ちだからですかね? やりたいことがあるなら、やる。やりたいことを選んでいれば、死ぬ時に「私の人生まあまあ良かったじゃん」と言える気がするんです(笑)。

質問:今後、挑戦したいことは何ですか?

 私は「地域と地域、人と人を繋いでいきたい」ので、おむすび(お結び)を売っています。十勝むすび(TOKACHI MUSUBI)には、そんな想いが詰まっているんです。今後はビジネスをもっと展開して、私の地元である北海道十勝とサンフランシスコを繋ぎたいと思っています。今はフードトラック1台ですが、これからトラックを増やしていくかも知れないし、何か別の方法であっても地域や人を繋げていけるように頑張りたいです。応援よろしくお願いします!

横山恵梨香さん プロフィール

 北海道十勝で生まれ育つ。7歳上の姉の影響で幼い頃からアメリカの映画や音楽に触れ、将来はアメリカに住みたいと思うようになる。上京して働いている時にアメリカ人の男性と出会い結婚、娘を授かる。2010年、夫の赴任先のスペインに移住するが、離婚して帰国。シングルマザーとして働きながら娘を育てつつ、2013年に好奇心を抑えられずに娘と渡米。様々な仕事を掛け持ちしながら起業資金をためて、2022年にフードトラックを購入。非営利団体「La Cocina」インキュベーター・プログラムに所属し、2022年に起業。2023年2月よりフードトラック「TOKACHI MUSUBI」を運営している。TOKACHI MUSUBIツイッターはこちら。 

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